性暴力の被害者が、驚くほど「自分を責めてしまう」理由

自傷行為に走ってしまう人もいる…
小川 たまか プロフィール

「私も悪かったのだけど」と前置きをしないと被害を語れない人も少なくない。そう言わないと、「お前がそんな格好をして夜道を歩いていたから犯罪にあったんだ」などと、セカンドレイプ(二次加害)によって傷つけられる可能性が高いからかもしれない。

被害当事者の中には、自傷行為をする人もいる。「こうすればいつでも死ねるという安心感があった」「生きていてはいけないと思い、自分で自分を罰した」といった声を聞く。自傷は被害のショックからであると単純に理解されがちだが、中には「被害に遭うような運命を持った自分は生きていてはいけない」というような、強烈な自罰に絡め取られていることがある。

 

信念に合わせた「調節」と「同化」

性被害者の心理について複数の論文を書いている臨床心理士の齋藤梓さんは、被害者の自責・自罰感情についてこう説明する。

「どのように社会や自分をとらえてきたか、というところが大きいと思います。人は、物事をとらえる枠組みと、現実に起こった体験がかみ合わなかったときに、両極端の反応をします。『過剰調節』と『同化』です」

「調節」とは、起こった事象に合わせて自分の信念(スキーマ)を変化させること。性被害は衝撃的なできごとであるため、この調節が過剰に行われる

たとえば、「世の中は安全だ。性被害が起こるのはレアなケースだ」と社会を捉えていた人が性被害を受け、「調節」の反応が起こった場合、「世の中はいつでも安全なわけではない。性被害はレアケースではない」と思う。これが過剰調節になると、「社会は絶対的に危険な場所。他人は一切信用できない」となる。

一方で「同化」は、起こった事象を信念(スキーマ)に取り入れる。たとえば、「性被害が起こるのはレアケース」であり、「良い行いをしていれば報われるし、悪いことをすれば罰があたる」と考えている人が、「同化」によって「こんなにひどいことが起こったのは私が悪かったからだ」と思い込むことがある。この「同化」が自責・自罰につながる。

ちなみに、PTSD治療の一つである認知処理療法(CPT)では、この「同化」「過剰調節」などの認知に取り組んでいく。