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感染症の悲惨に塗りつぶされた今、チェ・ゲバラという生き方を見直す

ハンセン病患者に寄り添った医師革命家

若き日々

エルネスト・ゲバラは、チェ・ゲバラとして今でも世界の人々の記憶に残っている。ジョン・レノンに「世界で一番格好良い男」と言わしめた人物だ。

キューバ革命の立役者ではあるが、1928年にアルゼンチン・ロサリオでバスク系とアイルランド系の両親のもとに誕生したアルゼンチン人である。

エルネスト・“チェ”・ゲバラ photo by Gettyimages

「チェ」という愛称も、アルゼンチンなどで使われている(独特な)スペイン語で「やぁ」「おい」「お前」「ダチ」といった呼び掛けの言葉である。ゲバラが初対面の相手にしばしば「チェ。エルネスト・ゲバラだ」と挨拶していたことから、キューバ人たちが付けたあだ名だとされる。

ゲバラの生涯は、「チェ(Che)」という、2008年のスティーブン・ソダーバーグ監督による 米国・フランス・スペインの合作伝記映画に詳しく描かれている。「チェ 28歳の革命」「チェ 39歳 別れの手紙」の2部構成の大作だが、史実に忠実な「記録映画風」作品なので、まったく面白みはない。もし、観賞するのなら、それなりの覚悟が必要だと思う。

しかし、本記事ではキューバ革命の英雄というよりも、高い志に燃えた「情熱を持った青年」という部分にスポットライトを当てたい。

ゲバラの「情熱」のルーツを探るうえで最適なのが、2004年の「モーターサイクル・ダイアリーズ」という映画である。キューバ革命の前、青年時代に親友と2人でオートバイで挑戦した南米大陸横断の旅を描いた作品であり、十分面白い。

終盤でハンセン病患者と交流するエピソードが描かれるが、ハンセン病は当時、いってみれば現在の中共(武漢)肺炎と同様に感染症として恐れられていた。日本でもそうであったが、患者は世間から隔離され差別の対象となっていた。

医学部の学生であったゲバラは、ハンセン病は極めて感染力が弱くほとんどの人が自然免疫を持っているとされるので(基本的に)感染しないという知識を持っていたのであろうが、それでも世間の偏見を跳ね返して弱者に寄りそう「情熱」の原点がここにある。

 

中共(武漢)肺炎の感染者も、もちろん救うべき人々である。ハンセン病と違って感染するのは間違いないからから感染症対策の基本である「隔離」などは仕方がないが、「弱者」は守るべき存在だということを忘れてはならない。

常に「理想」に燃え、「弱者」とともに歩もうとしたゲバラについて、今だからこそ考えてみたい。