衛生マニュアルに
子供の心のケアの記述はなかった

国や市は別として、責任を持って子供を預かる校長の中からは、今回の衛生プロトコルを「自分たちの学校の施設に適用するのは無理がある」と嘆く声が上がっている。現に幼稚園の校長である夫に尋ねたところ、「この医者の言っていることは全うであり、だからこそ、まだ学校を再開するべきではない」と言った。

5月15日、パリで11日から再開した学校にて。距離を取れるスペースも、防護服なども必要な状況で「再開」が正しいのか Photo by Getty Images 

しかし、署名している親たちの多くは「医療関係者」であり、今回の段階的再開に際しても優先的に学校に受け入れられる立場にある。現にロックダウン中もその子供たちだけは学校に行っていた。だから、「虐待ともとれる規定を強要するならば、今回は再開するべきではない」という現場で働く一人の校長の意見とはまた異なり、あくまでも「衛生プロトコルの規定を緩めたうえで、それでも開校はしてくれ」という要求をつきつけているのだ。つまり、感染リスクを負った上でほぼそれまでのような学校のスタイルにしてくれということだ。

フランス人は大概が議論好きで、自分の考えを正論として主張する性質が備わっていると言われる。これには、いろいろな考え方を学ぶことができるという利点がある。私は今回の医師による主張は虐待という文脈でみると正しいとは思うが、同じ子を持つ者として、今この時期において、この「正論」に賛同することはできない。

子供の成長を思うなら、フランスが何年もかけて築いた「今まで通りの」教育プログラムと環境の中で学ばせるのは理想的であろう。ただ、新型コロナによる子供の死亡率が医学的に非常に低かったとしても、フランスは未だに感染の脅威が去っておらず、1日の死亡者数もロックダウン時と同様の300〜400人を超える日もある。子供は無症状のまま接触者に感染させてしまうこともある。それゆえ、署名を始めた医者の「正論」に従って、今回学校側が規定せざるを得ないソーシャル・ディスタンスが、仮に自分の子供の学校で緩められたりするのであれば、私は学校には絶対行かせない選択をするだろう。

今回の登校・登園は、フランス公衆衛生の非常事態の中で行なわれている。そして各学校の校長や教師は、生徒たちを必死に受け入れている。いつもなら聞き流すフランス風情の正論も、今回においては「ウイルスとの戦争」が落ち着いてからゆっくり耳を傾けるのでは遅いだろうか、と思わざるを得なかった。

ただ最大の失敗は、政府の衛生プロトコルに「子供たちの精神面のフォローの仕方」が一切書かれていなかったところにある。当医師の指摘はごもっともとも言えよう。

7月4日から始まるフランスの夏休みは、子供の精神面のフォローも含め、よりよい形で9月から新学期を始められるよう、政府は最低限の衛生設備の新設をしたり、物を共有せずともじっくり学べる新たな適用カリキュラムを前向きに議論する期間にあてたら良いのではないだろうか。

5月20日 下野真緒