「日本に英語できるスタッフひとりもいないの?」

学生時代に留学したドイツの大学には、日本語を勉強している学生がたくさんいた。そこでいっしょにアニメを見ることもあったのだが、時折こんなことを言われた。

「え、このキャラいま英語話してたの? 発音がひどくて全然気づかなかった」
「文法まちがってるけど、英語できるスタッフひとりもいないの?」
「ドイツ語をカタカナ発音するとこうなるんだ(笑)」

そう、そのとおりなのだ。「英語話せてかっこいい!」というシーンなのに発音が残念、ということは少なくない。ドイツ人キャラのセリフなのにドイツ人が聞き取れない、ドイツが舞台の作品でドイツ人が書いた手紙なのに明らかな文法のミスがあることも……。

ドイツに縁もゆかりもないキャラが唐突にドイツ語の必殺技名を叫んでいるのを見て「なぜドイツ語? しかもまちがってるし」と首を傾げ、「Oh〜! オスシオイシイデース」と言う外国人キャラに苦笑する友人たちの気持ちもわかる(ちなみに『遊☆戯☆王』のペガサスの「遊戯ボーイ」は爆笑をかっさらった)。

いろんな国の友人と話すと、「違い」をダイレクトに教えてもらえる。生粋の日本人が出て来てカタコトの日本語だったらたしかに苦笑いかも…Photo by iStock

日本人と、日本で、日本語しかわからない状況で観れば、なんの違和感もない。しかしドイツでドイツ人の友人と観てみると、「外国語の扱いや外国人の扱いが適当だなぁ」と改めて痛感したのだ。

「しょせんアニメ」「かっこよければいい」「まちがってても別にいいじゃん」という人がいるのも知っている。「それがきっかけでドイツ語に興味をもつ人がいるかも」「相手だって日本人をステレオタイプで描いてる」「ドイツ語が使われてて喜んでる人だっているはず」という反論もあるだろう。

そういった主張自体は理解できる。でも、「ヨソの言語や文化などを描くのなら、敬意をもってちゃんとやる必要がある」とは思わないだろうか? まちがった言い回しや描写がネガティブな結果を招くことはあっても、正しい発音や文法、現実に即した文化描写をして、損することなんてひとつもないのだから。