ニック・ランド『暗黒の啓蒙書』への「入口」

民主制からの「出口」を目指して
木澤 佐登志 プロフィール

資本主義を加速度的にドライヴさせる

2011年になるともう一つの転機が訪れる。

ランドが主に90年代に発表していた膨大なテクストを集めた書籍『牙をむくヌーメナ(Fanged Noumena: Collected Writings 1987-2007)』の刊行である。解説となる序文は、前出のCCRUのメンバーでもあったロビン・マッケイとレイ・ブラシエが担当した。

90年代、ランドは資本主義の暴力的な力を加速度的にドライヴさせることで特異点(シンギュラリティ)、すなわち未知の領野へのアクセスを目指す思想を、熱に浮かされたような文体とともに打ち出していた。こうした思想は2010年代に入ると「加速主義」と呼ばれるようになり、にわかに注目を集めるようになる。

その象徴となる出来事が、2010年9月にロンドン大学ゴールドスミス・カレッジにおいて開かれたシンポジウムであり、そこでの討論のテーマは加速主義についてだった。

シンポジウムの参加者は、マーク・フィッシャー、レイ・ブラシエ、ロビン・マッケイ、ベンジャミン・ノイズ、ニック・スルニチェク、アレックス・ウィリアムズの六名で、このうち最後の二名であるスルニチェクとウィリアムズは、ランドへの批判を通じて左派加速主義という立場を打ち出すことになる。

 

「自由と民主主義は両立しない」

2008年に起きた世界金融危機以来、右派も左派も資本主義に対する新たな戦略(ストラテジー)を必要としていた。その一つが加速主義というわけだが、他方でリバタリアンの側からもアクションを起こす者たちが現れてきた。

そのなかの一人がピーター・ティールである。

世界最大のオンライン決済サービスPayPalの共同創業者、フェイスブック創業時における初の外部投資家、そしてイーロン・マスクをはじめとするシリコンヴァレーの大物起業家たち、俗に言う「ペイパル・マフィア」を束ねる首領(ドン)として知られるティールは、大学時代にはフランスの哲学者ルネ・ジラールに師事する一方で学内の保守系新聞を編集し、卒業後はシリコンヴァレーで特異なリバタリアン起業家として頭角を現してきた。

念のため確認しておくと、リバタリアニズムとは「自由」を至上とする「自由原理主義」であり、国家による介入を良しとしない、市場原理による経済活動を是とする思想であり、一般的にヒューマニズムや平等を良しとするリベラリズムとははっきりと区別される。

そんなティールは2009年、リバタリアン系オンラインフォーラム『Cato Unbound』に「リバタリアンの教育」と題されたエッセイを寄稿する。そこでティールは先の金融恐慌に触れながら、破綻した金融機関や企業に対する公的資金の投入による補填といった、国家と市場の腐敗した泥沼的関係を批判した。

1930年代のニューディール政策以来連綿と続く国家による大規模な市場介入は、リバタリアン的信念が「政治」の次元に不断に回収されてしまうことを意味していた。先の金融恐慌において頂点に達した国家=政治と市場の関係の矛盾は、ティールによって「私はもはや自由と民主主義が両立するとは信じていない」と言わしめるに至る。