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コロナ世界危機「近代化は本当に正しかったのか」という重大な疑問

「小さな世界」の豊かさに向かう未来?

人類が危機から復興するために

2020年があけてから4月の新年度は、新型コロナウィルスの勢いにより、試練の幕開けとなった。

疫病により人類が試練をうけたことは、歴史上これが初めてではないが、今回のウィルスの流行は、オンライン化による情報環境の変化、グローバル化のさらなる進展という過去とは異なる状況における国際的流行であることが、これまでとの決定的な違いである。

貿易や国際交流の進展がもたらす、経済活動のグローバル化、オリンピックに象徴されるスポーツや文化の世界規模での交流、留学の推進による教育や学生の活動の国際化が常識となった時代に、むしろ航空機や船舶による人的な国際交流がパンデミック(世界的流行)を促進し、これまで人類が歓迎してきた技術革新、インフラ整備、グローバル化という肯定的な価値が、感染症の拡大によって多くマイナスに転じてしまったことはなんという皮肉であろうか。

コロナの状況にはやっと好転の兆しもみえ、2ヵ月近くにわたる緊急事態宣言も解除されるとはいえ、油断は禁物であり、引き続き、国際移動のみならず、国内移動もできるだけ控え、自身が暮らす地域で家に留まる自粛生活が促されている。

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市民の命が危険にさらされているという意味で、これは、世界レベルでの試練であり、危機であることは確かである。

だが、この試練をのりこえてまた“元の社会”に戻ることが果たして本当に人類の望ましいあり方なのだろうか。“新しい生活様式”は、コロナ危機が終われば忘れてよいものなのであろうか。この試練をやり過ごして“元に戻る”ことをめざすのではなく、ここから人類は何を学び、今後につなげてゆくべきなのか。それは、パンデミックが世界規模であったこととあわせて、人類全体の課題であるといえる。