「プロパガンダ」の効果は、なぜ過大評価されるのか

「不安の時代」の情報リテラシー
津田 正太郎 プロフィール

だが、『クルーハウスの秘密』は大きな反響を呼び、プロパガンダ万能論を広めるうえで大きな役割を果たした。第一次世界大戦後にイギリス政府は情報機関に関する文書を廃棄してしまい、1930年代にそれらを再建するにあたって『クルーハウスの秘密』のような回顧録の類を参考にせざるをえなかったことも、神話の広がりに一役買ったと考えられる*12

以上の観点からすれば、「背後からの刺殺」神話とは、敗戦の責任を回避したいドイツ人と、自らの手腕を誇示したいイギリス人が、自らの主張の根拠を相手側の発言に求めることで成立したと言えるかもしれない。「自分で言うとみっともないので、外国人の口を借りて自分が言いたいことを言ってもらう」という現代日本でもおなじみの技法がここでは採用されているのだ。

 

プロパガンダ万能論の効用

かなり長くなってしまったが、上記のエピソードはプロパガンダ万能論がなぜ語られるのかを考えるうえで示唆に富んでいる。

その理由の一つは言うまでもなく、責任回避を可能にするということだ。ただしそれは、政治家や軍人が自分たちの失策を敵対勢力のプロパガンダのせいにして責任から逃れようとするということだけを意味するのではない。

プロパガンダ万能論は、プロパガンダのターゲットとなる側、つまり一般の人びとの免責をも可能にする*13。誤った政策や政党を自発的に支持してしまった加害者ではなく、プロパガンダに騙された被害者としての立場を人びとは手に入れることができるからだ。

そして、プロパガンダ万能論が語られるもう一つの理由は、それがプロパガンダを実際に行う者にとってのキャリアや自己顕示に役立つということだ。先に紹介したスチュアートのように、プロパガンダや宣伝活動に従事した人物が回顧録や解説本を出版するのは珍しいことではない。

そうした人びとにとって、自分たちの情報操作がいかに巧妙だったのかを論じることは、その後のキャリアやビジネスに役立つ。歴史に名を残したいという自己顕示欲を満たすことにもなるだろう。実際、第二次世界大戦前にイギリス政府がプロパガンダ組織の再建を開始したさい、スチュアートは対独プロパガンダの責任者として招聘されている。

プロパガンダ万能論が栄える要因としてはさらに、プロパガンダの研究者やライターによるポジション・トークを挙げておかねばならない。プロパガンダに効果があるとされればされるほど、研究意義のアピールはしやすくなるし、著作の売り上げにとっても好ましいだろう。

そうした著作物はしばしば、プロパガンダの影響力がいかに大きいのか、それによってわれわれの社会がどれほど脅かされているのかを語る。「ターゲットの不安を煽る」というのもプロパガンダの基本的なテクニックだということを踏まえるなら、プロパガンダの告発それ自体がプロパガンダ的に行われているということになるだろう。「GHQのプロパガンダから脱しない限り、日本に未来はない」「マスメディアにより日本人は洗脳されてしまっている」とでも言っておけば、特定の層の注目は集めやすくなる。

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