「プロパガンダ」の効果は、なぜ過大評価されるのか

「不安の時代」の情報リテラシー
津田 正太郎 プロフィール

なぜこうした特徴が生まれるかと言えば、それは陰謀論の作られ方と関係している。物事の背後に人目を忍んで陰謀を張り巡らせている集団がいると考える人物は、事実の断片を寄せ集め、陰謀が実在するという「証明」としてそれらを強引に結びつける。そのさいにたまたま偶然に起きた出来事までもが「証明」の一部とされてしまうのだ。

もちろん、世の中に陰謀の類が全く存在しないわけではないし、誤った情報による世論操作の試みなどはありふれているとさえ言える。その可能性を念頭に置いておくのは民主主義社会の構成員にとって必要な態度ですらありうる。

そうした「健全な懐疑心」と「陰謀論的思考」とのあいだに明確な境界線を引くことはおそらく困難だ。しかし、ポピュリスト的な政治家が陰謀論を活用して特定の集団に敵意を集め、それを自らの政治的求心力へと転換しようと試みる事例などを目の当たりにすると、やはり陰謀論的思考の広がりは民主主義社会にとって深刻な脅威をもたらすと言わざるをえない。

〔PHOTO〕iStock
 

第二次世界大戦時におけるプロパガンダ万能論

ここで陰謀論を取り上げたのは、それが本稿の主題である「プロパガンダ万能論」と非常に相性がよいからだ。プロパガンダの定義もまた難しいのだが、ここでは「政治的目的を達成するために行う、情報およびイメージの意図的な統制、操作、伝達」という一般的な定義を採用する*3

そのうえでプロパガンダ万能論とは、プロパガンダには人びとの思考を自在に操り、それを実践する者のあらゆる目的を達成させる力があるかのごとくに語る主張としておきたい。もちろん実際には、プロパガンダは政治や軍事の補助的手段でしかなく、比較的うまくいったと考えられる事例がある一方で、逆効果になることも珍しくない。決して万能ではないのだ。

ところが、陰謀論にはこうしたプロパガンダ万能論的主張がしばしば登場する。世の人びとは簡単にプロパガンダに騙される存在であり、そのために陰謀に気づくことができないとされるからだ。対して、陰謀論者には、そうしたプロパガンダのウソを見破るだけの優れた知性が備わっているということになる。

もっとも、プロパガンダ万能論がしばしば語られるのは、陰謀論との相性の良さだけに原因があるわけではない。その理由を考えるにあたり、ここであるエピソードを紹介しておきたい。

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