「名無しの権兵衛病」へのアプローチ

突然つまづいて転んだときから「病名がわからない」と言われ続け、はや5ヵ月。いよいよ大きな病院に検査入院し、専門医師との「名無しの権兵衛の病気」の探索をすることになりました。半年たって思い返してみると、病名判明の為に何が良かったかと言うと、医師に任せてしっかりと検査を受けたことです。

大雑把に言ってしまうと「お医者さんに丸投げしてしまう」くらいの気持ちで臨むことが大切だったのです。

「ニャンちゅう」などの声でおなじみ人気声優の津久井教生さんによる連載「ALSと生きる」。津久井さんは2019年10月に自身がALSであることを公表しました。どのような経緯で体調が変化したのか、難病と生きるとはどういうことか。率直に綴ってくれています。連載の第3回は、「名無しの権兵衛病」だった津久井さんの病が、どのようにして「ALS」だと確定されたのかを詳細に綴っていただきます。「絶対病名を見つける」という強い決意の医師たちに囲まれて始まった検査。病名の確定に必要なのは、「病名の否定」だというその理由とは。
2020年の「ニャンちゅう」チームの皆さん。左から比嘉久美子さん、津久井さん、鎮西寿々歌さん 写真提供/津久井教生
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「必ず病名を見つけてみせる!」

「丸投げ」する上で自分がやったことは、「ここまでの自分の体の経緯の事実を徹底的に医師に伝える」ということでした。
ここで注意したいのは「中途半端な知識を入れない」という事です。
素人ながらについついネットで調べて「この病気では無いのか?」と思ってしまったことは前回書かせていただきましたが、そんな自己知識は封印して「このような事が自分の体で起きているので、徹底的に調べて病名を教えて欲しい」というスタンスを医師にも伝えたのです。

自分だけでなく周囲の意見も参考になります。かみさんは私が2019年3月に異常に気がついたのに対して「2018年の8月くらいから歩き方がおかしかった」「階段の上り方がぎこちなくなった」「肩さげカバンとのバランスが悪くなった」と、患者である私が気がついていなかった部分の報告をたくさんしてくれました。検査入院前の2ヵ月間どのように身体機能がレベルダウンしていったか、特に歩くことに関してのすぐそばで見ていた客観的で細やかな意見は、医師にもかなりの参考になったようです。

この病気であるという「確証・パーセント」を上げるためには、自分の情報をしっかりと伝えることが何より大切だったのです。

私が検査入院した病院は、主治医を中心にチームで報告をしあいながら、教授の指示と意見を聞き、病名を探索していく方法をとっていました。「お任せします」という私の言葉に対し、教授は舞台俳優のようにカッコよく「必ず、病名を見つけてみせるぜ!」と頼もしい言葉をくれました。この教授に限らず、今回の病気で素敵な医師たちに巡り会えているのはありがたい限りです。