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検察は安倍首相を逮捕しない…「検察庁法改正」の根本的問題と今後

これは疑獄事件の一幕だ

日本における「検察の役割」

今国会での成立が見送られた検察庁法改正案――その議論において、高等な法律論が繰り広げられている。法律論として、これは全く正しいが、そもそも法曹で、この法案に賛成する者は特別な人である。

むしろ根本は、日本国のなかでの検察の役割の問題である。

福田赳夫、芦田均、田中角栄と、検察に起訴された首相は幾人もいる。その長い歴史のなかに、この疑獄事件を位置付けたほうがわかりやすい。

堀田力が、この法案の「真の狙いは、与党の政治家の不正を追及させないため以外には考えられません」と述べているように、これは疑獄事件の一幕なのである。

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現在の検察と自民党との関係が形成されたのは1948年の昭和電工事件である。このとき福田赳夫大蔵主計課長、西尾国務大臣、芦田均元首相(首相辞職後、則逮捕)など64名が検挙され44名が起訴された。

ところが、福田赳夫、芦田均ともに多額の現金を贈賄側から受領したことが事実認定されたにもかかわらず、無罪判決。理由は、賄賂だとの認識がなかった、職務権限がなかったなど、現在の制度では文句なしに有罪になる理由であった。贈賄側のみ有罪。

続く、1954年造船疑獄事件では、自由党幹事長佐藤栄作、池田勇人を逮捕しようとした検察に対して、犬養法務大臣が指揮権発動し検事総長に逮捕をやめるように促し、将来の首相候補たちは逮捕を免れた。贈賄側は厳罰であった。

 

これらの事件は、GHQがらみの複雑な事件であるが、その部分は脇に置きたい。そのうえで、一言でまとめると、表面上の無罪理由はともかく、政治家を見逃してもらうことと引き換えに現在の特捜部が検察に与えられたと理解されている。

これが、特捜の誕生秘話である。