日本においても強まる差別意識

有事において反差別の仮面が剥がれる現象は、感染の広がる日本でも見られる。

上述した以前の記事でも紹介したが、感染拡大に伴い、SNSでは「#中国人は日本に来るな」というハッシュタグが作られるなど差別感情が高まっていた。また、総務省が公表した3月の労働力調査によると、前年同月比で男性の非正規労働者が2万人増だったのに対し、女性はなんと29万人も減少している。その中には、休校による子供のケアの為に仕事をやめざるをえなかった女性が多く含まれている。

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その他にも、郵便や宅配の配達員への差別、医療従事者や感染者、またその家族への差別、さらには、補償が届かない中で営業するしかない飲食店に対する差別など、社会に余裕がなくなるにつれてさまざまな方面で差別意識が顔を出してきている。そしてここでも、社会的な弱者側が背負うのは、いじめに遭う、職を失う、家を失うといった実害を含む過剰な負担である。

差別をなくすことの意義

「差別をなくす」ことの意義は、人に嫌な思いをさせないといった表面的なものではなく、誰もが対等に生きることを認められるという、人間の尊厳に関わる根源的なものだと私は思う。

人間は1人では不完全だからこそ、社会を作って互いに補い合うことで個人の不完全性に対応してきた。互いに補い合うことを拒否する差別的な社会は、不完全性を強く残す社会とも言えるのではないだろうか。だからこそ、社会にとって多様性の受容は大切なのだ。

今回のパンデミックにおける感染そのものへの対応も、感染拡大に伴って起こり始めている世界的な経済危機への対応も、個人や個々の会社、一国では、とても対応しきれるようなものではない。人種や性別、途上国や先進国の境なく、世界はすべての人が関係した一つの社会である。世界的な有事だからこそ、差別とは逆の協調性や多様性、またそれによってもたらされる社会の柔軟性がいま、必要とされている。