出口治明が語った、コロナ時代には「人生設計より適応力が重要」なワケ

楽しい人生を送るための「底力」とは
出口 治明 プロフィール

探求力とは「当たり前」を疑うこと

人間は脳が肥大化したために、ともすれば人生設計やキャリア設計が自分たちには可能なんだなどと傲慢な考え方をするようになってしまったのですが、レヴィ=ストロースが述べたように、人間の意識はその社会の仕組みを単に反映しているに過ぎません。

この世に生を受けた人間は徐々に社会常識に染められて形作られていきますが、勉強することによってそれを一枚一枚脱ぎ捨てて自由になることができます。

 

先日、ある地方の進学校の校長先生や教頭先生と話をしているとき、次のような質問を受けました。

「これからは常識を疑って問いを立てられる探究力が大事だと文科省はいっていますが、我々に探究力がなかったら子どもたちに教えられません。どうすれば探究力を鍛えられるでしょうか」

この高校の制服は非常にシンプルで上は白いワイシャツ、下は男子がズボン、女子はスカートだったので、僕はこう返答しました。

「なぜ生徒に自分で制服を選ばせないんですか。別に男子でも着たければスカートでいいし、女子がズボンを選んでもいいじゃないですか。そのくらいのことができなくて、どうして常識を疑うことができますか」

探究力とは社会の常識や慣習を疑い、自分で物事を原点から考える力です。ほとんどの人は高校生なら男子はズボン、女子はスカートを着るものだと思い込んでいて疑いをもちません。それは社会の規範がそうなっていて、毎日テレビや雑誌を見ても男子はズボン、女子はスカートだから自然とそれが当たり前という意識になるのです。

人が勉強し続ける本当の理由

しかしよく考えてみれば、スコットランドのバグパイプを奏でている男性はスカートをはいているし、女性でズボンをはいている人はいくらでもいます。だから「これはおかしい」と、制服を考えることを通して疑う力を養っていけばいいのです。校則も同じで、子どもたちに自信を持ってその校則の存在理由を説明できないものは全てパワハラと思って削除するぐらいの気概が必要です。

スコットランドの伝統衣装「キルト」(photo by iStock)

疑う力を身に付けるには勉強することです。在野の科学史家で、元・東大全学共闘会議代表や予備校の物理の名物講師としても知られている山本義隆さんは、「人間は何のために一生勉強するのか?」という問いに対し、「専門のことであろうが、専門外のことであろうが、物事を自分の頭で考え、自分の言葉で自分の意見を表明できるようになるため。たったそれだけのことです」と答えています。

勉強をすると社会常識の制約を離れ、身体が身軽になって自由になれます。制約通りに生きていたら今の社会の理想像とする人物になってしまうわけで、まったく面白くありません。自由に生きるためには様々な社会的制約から解放されるのが人間の一生であり、勉強をすればするほど社会の制約というカラを脱ぎ捨てることができるのです。