鬼滅完結で思い出す、漫画史の中で「大泉サロン」が起こしたある革命

トキワ荘から受け継がれたDNA
中川 右介 プロフィール

トキワ荘と大泉サロンの違い

萩尾望都と竹宮惠子が暮らしていた二軒長屋は、「トキワ荘」のような名はなかった。

だが、2人を訪ねて、マンガ家の卵たちがやってくるようになると、「大泉サロン」と呼ばれるようになった。

すでにデビューしていた者もいるが、山田ミネコ、ささやななえこ、伊東愛子、佐藤史生、坂田靖子、花郁悠紀子、たらさわみちなどが大泉サロンからデビューしたとして知られている。

しかし、大泉での共同生活は1972年暮れに終わる。

その後2人は西武新宿線の下井草駅周辺に、それぞれ住居兼仕事場を設けて、しばらくは交流があったが、やがて途絶える。

トキワ荘のメンバーが、その後何十年も交流を続け、対談や座談会、テレビ番組でトキワ荘時代を語り、マンガやエッセイに書いているのに対し、大泉サロン解散後、萩尾望都と竹宮惠子が公の場で会うことはない。

大泉サロンについては断片的に語られるのみだった。

2016年に竹宮惠子が自伝『少年の名はジルベール』で、この時代について詳細に書いたので、広く知られるようになった。

しかも、もうひとりの当事者である萩尾望都は、一緒に暮らしていたことを、インタビューなどで問われれば隠しはしないが、積極的に語ることはない。

それゆえ、大泉サロンはトキワ荘ほどは知られていない。

共同生活の私生活の詳細を知る必要はないが、この時代、どういう作品が同時に描かれていたのかは、もっと知られていいと思うのだ。

萩尾望都と竹宮惠子