フリー編集者の上松容子さんの実体験を綴った連載「介護とゴミ屋敷」。父ががんで急逝し、認知症を発症した母・登志子。認知症だとわかった当初は同居していた義母の反対があって同居できず、母の実家に一人で暮らす実姉の恵子と母が同居することになった。蓋をあけると恵子も認知症を患っており、それまでていねいな暮らしをしていた母が、姉とともにゴミ屋敷に暮らすほど、わからなくなっていたのだ。

トイレにいっても「トイレットペーパーをトイレに流す」こともわからなくなっていたくらいの母だが、そんな中でも驚きの記憶を取り戻すこともあった。「認知症」という病の悲しさが伝わってくるエピソードをお伝えする。

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大好きな読書の楽しみを奪われて

父が死に、母の様子がおかしいことに気づいたとき、脳神経外科で脳の毛細血管がダメになっていることを知らされた。その後さらにMRIを撮ったが、いずれの診断でも、医師は残念そうに言った。 
「ほら、海馬は萎縮していないのです」。
「海馬はしっかりしていて、プリプリなんです」。

つまり、海馬=記憶を貯める部分はまだ機能しているが、貯めたものを取り出して運ぶ道筋が破壊されているのだ。倉庫には品物がたくさんあるのに、台風で道路が寸断され、必要なものを手元に持って来られない、そんな状態だった。

母は、記憶障害をもち、理解力も低下していたが、文字を普通に読むことはでき、文も短文なら読んで理解することができた。しかし、本を読むことはもうできなかった。アガサ・クリスティと池波正太郎の大ファンだった母は、大量の文庫本を我が家に持って来た。一日の大半を本を手にして過ごし、ページを開いてもいるが、それをめくることはなかった。1行読んで、また行頭に戻る。最初の行の記憶はすぐに消えるのか、次の行に読み進むことができない。話の筋を追うことができなくなっていたのだ。

大好きだった本。その大好きだったことができなくなっている自分に気づく…Photo by iStock

言葉とストーリーを味わうことが何より好きだった人が、その喜びを奪われたのである。料理人が味覚を、歌手が声帯を奪われることに匹敵する苦悩だったに違いない。