本人が満足していれば貧乏でもOK?「理想の平等」を考える

常識を揺さぶる「悪魔の法哲学」
住吉 雅美 プロフィール
 

ドンペリ教授と缶チューハイ教授…平等に扱うには?

あなたはある講演会の企画責任者で、講演者として遠方から2名の大学教授を招いた。

講演会が無事終了し、あなたはこの二人に感謝の気持ちを平等に示すために、2人が泊まっているホテルの部屋(もちろん同ランク)に2人が喜ぶ飲食物を届けようと思っている。これら2教授というのは、1人はフランス貴族の血筋を引く大泉クリステル教授で、もう1人は国産の住吉雅美教授である。

もちろん事前に、2人が嗜たしなんでいる時に無上の喜びを感じる飲食物についてアンケートをとっている。大臣の妻でもあるクリステル教授は、ドンペリニヨンという1本5万円もするシャンパーニュを飲みながら、カスピ海産の50グラム5万円のキャビアをセクシーにつまむ時に無上の喜びを感じるという。

その一方、講義の後には立ち飲み屋に寄ってワンカップを飲むのが楽しみの独身・住吉教授は、「あたしの血は缶チューハイで出来てるの」とのたまいつつ、500ml缶192円のチューハイをあおりながら一袋100円の柿の種を頰張る時が一番幸せだと答えた。

あまりの落差におののいたあなたは、住吉教授に「ドンペリとかじゃなくてもよろしいんですか?」と尋ねたが、彼女は「なにそれ、ドン・キングの後継者? それともドン・フライ(漢なプロレスラー)の息子?」とチューハイ脳なのか何なのか、とにかくまったく興味がないらしい。

さて、この2人を平等に「お・も・て・な・し」して喜ばせるためには、あなたはどうしたらいいのだろうか?

もし「厚生の平等」だけを実現しようとすれば、あなたは2人に同じだけの「無上の幸福」を感じてもらうために、クリステル教授にはドンペリとキャビア(総額10万円+税)を、住吉教授にはチューハイ500mlと柿の種(総額292円+税)を届けなければならない。確かにこれで2人は同じだけ喜ぶ。だが一方には10万円の、他方には300円の差し入れ、この金額の格差はそのままではたしてよいのだろうか。

かりにあなたが政府だとすれば、この場合、2教授を税金でもてなしていることになるのだが、この二人が同じだけ納税しているとすれば、その大半をクリステル教授へのサービスに充てるということになる。これは結果的に住吉教授をクリステル教授よりも低く扱うことになるので、ドゥオーキンの視点にたつなら平等に反する。

ドゥオーキン的にいうと、本人が喜んでいるという「厚生の平等」だけではダメで、客観的に見て一方を他方に比べて不当に低く扱うということになってはならないのである

では具体的にどうしたら2人を等しく扱うことになるのだろうか? そこは皆さん各自でいろいろ考えてみて下さい(住吉教授に10万円分のチューハイと柿の種を届ける? いくら好きでもそんなに吞めるか!)。

(※本書では、平等に関する思考をさらに深めていきます。興味を持たれた方は、ぜひ本書をお読みください)