「〇〇不況」の正体〜布マスク2枚の悲劇を二度と起こさないために

誰もが変だと思っているのに…
三島 邦弘 プロフィール

その最大の例が、「出版不況」という言葉をとりまくズレだ。端的にいえば、私自身はまったく「不況」を感じてこなかった。そればかりか、ずっと楽しいと思ってきた。そう思えたのは、自らちいさな出版社を立ち上げ、実感を押し殺すことなく、現実を変えていくやり方をとってきたからだろう。

近頃、この間のもがきと失敗を含めた記録を『パルプ・ノンフィクション』と名づけ、一冊に収めた。本稿では、本書の一つのテーマである「自分の実感と異なる現実とどう対峙するか」について紐解くことにする。

 

売上減を「数」で補ってきた出版業界

「えっ、来月から刊行点数がまた増えるの? 編集部の3人でさえ、現在の刊行ペース月3冊を読むのが精一杯なのに。ましてや、応援してくれている読者が月4冊読めるだろうか」

新人の頃から、「本づくり」という仕事に魅了された。だが、私が出版業界に入った1999年にはすでに「出版不況」が言われており、先の見えない売上減がつづいていた。各出版社は売上を守るため、出版点数を増やす。一冊あたりの売れ行きの落ち込みを、「数」で補うことにしたのだ。

これは日本の出版界の大きな特徴なのだが、多くの出版社は取次と呼ばれる卸の会社を通して書店に配本する。取次から書店に送られる本はあくまでも委託であり返品が可能。ただし、出版社は取次へ商品を納めた時点でいったん「売上」が立つ。返品が出るのは数ヶ月後になるため、一時的に当月の売上が立つわけだ。

実売減を補うため、この「まやかしの売り」を求めて版元は出版点数を増加させ、結果、返品率40%の事態を招いた。

業界に入って数年にすぎない駆け出し編集者であった私は、情熱はあったと思うが、経験知と技術はその情熱に比べてはるかに未熟なまま、出版点数増に加担した。先日配られ出した(そしてすぐに回収となった)アベノマスクを見て、久しぶりにそのことを思い出し、心を痛めた。

おそらく、生産現場は、わざわざカビ付きのマスクをつくりたかったわけではないだろう。コストをかけず短期間で大量につくれ。突然くだされたミッションを果たすため、なくなく手を動かした人もいるにちがいない。