コロナ禍で断捨離、10年ぶりに段ボールから出てきた「ヤバイもの」

嗚呼、あの頃の俺よ…さらば!
高木 敦史 プロフィール

続いて移り住んだ野方のマンションでは、当時の自分は早すぎたミニマリストというか、部屋にモノを置かない主義だったため(テレビと布団以外は全部押し入れにしまいこんでいたくらいです)、引き続きお面も押し入れのままでした。

しかし、このとき転機が訪れます。同居していた妹が海外旅行のお土産を買ってきてくれたのですが、差し出されたものはお面でした。「そういえば兄ちゃんこういうの好きだった記憶があるから」とのことで、ヨーロッパのどこかの国の真鍮製の仮面です。これで私の手元には、インド・日本・ヨーロッパと三つの文化圏のお面が並ぶことになりました。

それからすぐ、荻窪のボロアパートに単身で引っ越したとき、私はようやく「飾ろう」と決意します。アパートは引っ越した瞬間からボロボロで壁にも傷や釘穴が目立つし、そもそも何もないと殺風景すぎるので少しでも雑多な感じにしたかった、というのもありました。私は壁の一面にお面スペースを設け、そこに三つの面を並べて飾りました。

 

そうすると、類は友を呼ぶとでも言うのでしょうか? 私の家を訪ねて並ぶ面を見た母や友人が、旅行のたびにこぞってお面を買ってきてくれるようになりました。五つを超えると私も自ら欲するようになり、友人にお土産のリクエストを訊ねられるとここぞとばかりに「お面」と答えておりました。

自分で海外に行くようになってから振り返ると、よくもまああんなに嵩張るモノを臆面もなく頼んでいたな、と恥じ入るのですが、当時はとにかく取り憑かれたようにお面を欲しており、壁に増えていくそれらを見ては「こいつら、朝日に当たっているときと夕日に当たっているときで若干表情が変わるよな、かわいいやつらだ」と一人でニヤニヤしておりました。

当時、続々と集まったお面たち

最終的にお面の数は20に迫っていたと思います。初代ガルーダ、増女の能面、ヨーロッパの真鍮製の面、二代目ガルーダ、ハワイ、熊本、韓国、三代目ガルーダ(なぜかガルーダが被りがちでした)、出雲、ジンバブエ……。大きさも材質も様々なたくさんのお面に見つめられながら暮らしていました。

友人達も後半は呆れてお面っぽいのが付いたキーホルダーでお茶を濁すようになっていましたが、それらも有難く受け取って飾っていました。

そんなお面たちが、数年の時を経て久しぶりに私の眼前に姿を見せました。往時を思い出し暫し断捨離の手を止めるには充分な量とインパクトです。段ボール箱に視線を落とし、私は考えます。これどうしようかな……。なぜだか、今更飾る気持ちは起こりませんでした。