コロナ禍で断捨離、10年ぶりに段ボールから出てきた「ヤバイもの」

嗚呼、あの頃の俺よ…さらば!
高木 敦史 プロフィール

続々とあつまるお面

突然ですが、私には15年程前までちょっとお面を収集していた時期があります。

きっかけは、高校生の頃です。母方の叔母が海外——特にインドや台湾などのアジア圏を旅行するのが好きな人なのですが、あるときインド土産にガルーダのお面を買ってきてくれたのです。

ガルーダ(Photo by iStock)

曰く「あつし君はこういう変なの好きそうだから」とのことでした。私は「好きって程じゃないけど確かに嫌いじゃないな」と思って受け取りました。これが全ての始まりでした。

それからしばらくして、父方の祖父の家に遊びに行ったとき。その話をしたところ「そうか、お前はお面が好きなのか」と祖父はどこぞへ下がり、何かを手にして戻ってきました。

お面でした。

祖父は地元の公務員でしたが、壮年を過ぎてから趣味で能面を彫るようになっておりました。家には専用の工房とも呼べる部屋があり、踏み込むといつも木の匂いがして、足の裏に木材の切れっ端がついたものです。

 

祖父がくれたのは、若い頃に作ったという女の面でした。眉が剃られ、額の際付近に薄く黛が引かれ、真っ赤な唇に真っ黒なお歯黒。細く切れ長な一重の目。いわゆる「増女」と呼ばれるものです。

祖父曰くそれは若い頃に作った習作で、今にして思えば大した出来ではないがこの当時はお気に入りの一品だった。どうにも捨てるのが忍びないと思っていたところだ、とのことでした。そういうわけで、私の手元に第二の面がやってきました。

その後、二つとも部屋の抽斗の奥にしまってありましたが、私は大学進学を機に上京する際にガルーダと増女を連れて行くことにしました。実家を出るとき、自分の私物はあらかた処分しましたし、残しておいても捨てられるだけだろうと思ったのです。人の顔をしたものを捨てるのって微妙に心苦しいものがありますしね。

最初に住んだ田無のアパートでは、二つの面は実家の頃と同じように抽斗の奥にしまい込んでいました。初めての賃貸住宅でしたので「壁にピンうつのってあとで怒られたりしないかな」とびくびくしていたからです。