台湾のコロナ対策を賞賛する、日本の人たちに知ってほしいこと

市民運動は、多くのものを獲得してきた
李 琴峰 プロフィール

これら独裁政治や民主化運動の歴史は、台湾では義務教育できちんと教えられている。感じ方は人それぞれだろうが、「今の民主主義は先人が長い時間をかけて、血を流しながら反体制運動を繰り返してやっと手に入れたものだ」ということを、台湾人なら少なくとも知識としては知っている。「望む政治を手に入れるためには声を上げ、行動しなければならない」というのが、民主化を求める台湾の歴史に刻まれたDNAであるように思う。

 

学生運動のパワー

1987年に戒厳令が解除されたはいいが、政治改革のペースは緩慢だった。それに不満を覚え、1990年に大学生を中心に「野百合学生運動」が行われた。この学生運動の直接的あるいは間接的な成果として、国会議員の総選挙、そして国民の直接投票による総統の選出を可能にした制度改革の実現が挙げられる。それまでの国会議員は1947年選出以来ずっと改選されておらず、総統も国民ではなく「国民大会」という形骸化した機関が選出していたのである。

その後、1996年に初めて総統選挙が行われ、2000年の総統選挙では史上初の政権交代が実現し、国民党に代わって民進党が与党になった。この政権交代は、台湾社会は本当の意味で民主化したことを示している。

2000年に当選した陳水扁総統は2004年に僅差で再選を果たすも、2006年に汚職疑惑が噴出し、彼の退陣を求めて数十万人規模のデモが何度も行われた。その後、民進党の支持率が低迷し、2008年の総統選挙では国民党の馬英九が民進党の立候補者に大差をつけて当選した。国民党は与党に返り咲き、馬英九は2012年に再選を果たした。ちなみに陳水扁は任期満了後に汚職で有罪判決となり、収監された。

親中派である国民党の政策は中国に配慮するあまり、台湾の(特にリベラル派の)国民の反感を買っていた。その一例として、2008年の「野いちご学生運動」がある。

当時、中国の海協会(中国の対台湾交渉窓口機関)会長・陳雲林が会談のために台湾を訪問したが、政府は治安維持の名目で人権侵害とも取れる政策を行った。空港や道路を封鎖したり、理由なく職務質問や任意捜査を行ったりした。台湾独立のスローガンや中華民国の国旗を掲げるだけで拘束された人もいた。そんな中で政権に対する反発として行われたのが「野いちご学生運動」だが、名前はもちろん、前述の「野百合学生運動」にちなんでいる。