「ポスト・コロナ」を生きるための現代思想――「ガイア」とは何か?

人間と自然の関係を再考する
森 正人 プロフィール

気候変化という言葉は人為的要因を含意することはすでに記した。そして人間が気候を含む自然全体に大きな変化を生じさせている状態は、2000年代に入って人新世anthropocene」という用語で説明される。これは地質年代を指す言葉で、最後の氷河期が終わった1万1700年前からの完新世Holoceneが終わり、人間の活動の結果が新しい地層を構成することを指している。

この語は、2000年にメキシコで開催されたとある会議に出席していたノーベル化学賞受賞者のパウロ・クルツェンが発した言葉である。その数年前にすでにこの語を使っていた生態学者ユージン・ステルマーとともに、2人でThe International Geosphere–Biosphere Programme (IGBP)の2000年5月のニューズレターに「人新世The "Anthropocene”」を寄稿した。

その2年後、クルツェンは『Nature』のニューズレターに「人類の地質geology of mankind」を寄稿し、そこで18世紀後半以降に両極圏の氷の中に閉じ込められた二酸化とメタンガスの量が増加することを指摘しながら、人間による完新世後の地表改変が地質的に影響を及ぼす状態を人新世と定義する。

温室効果ガス以外にもダム建設や河川の流路変更、窒素肥料などを挙げ、依然として人間が「未知の大地を踏み潰し続けている」と糾弾するのだった。

人新世において人間の過大な悪影響力は地球の持つ閾、「プラネタリー・バウンダリーPlanetary Boundary」を超えるほどになっている。また生物の生息圏を変化させたり減少させたりすることで、生物多様性を脅かす。

あるいは、適切に廃棄されないプラスチックが死んだクジラの胃の中から大量に発見されたというニュース、さらには登場する細かくなったマイクロ・プラスティックが魚類からも発見されたというニュースも、プラスチックやビニールが化石燃料から作られることを考慮すれば人新世の問題となる。

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ノーベル賞受賞者が使用したこともあり、人新世は2000年代後半には次第に人気ある言葉となる。そしてそれにともない、この語はプラネタリー・バウンダリーや生物多様性、さらには環境よりも幅広い事象と結びつけられて語られてもいる。

しかしマルクス主義的地理学者のノエル・カストリーは人新世やプラネタリー・バウンダリーが,地質学の研究成果を待つことなく流行語となり大衆化していくことの虚偽性と危険性を指摘している。

クルツェンもステッファンも地質学者ではない。完新世が本当に終わって、人新世にこの世界が突入しているのか、完新世が終わり、人新世が始まったとすればいつなのか、実はまだ結論はまだ出ていない。つまり、地質学的な概念として提唱されているにもかかわらず、地質学的には何も解明されていない、不思議な語なのである。

そもそも温暖化が人間活動によって引き起こされているという議論も、プラネタリー・バウンダリーという考え方もまだ科学的には結論が出ていない。あるいはもっと言えば、温暖化が生物多様性を脅かすという議論もまた、まだ科学的にははっきりと説明できていない。

たしかに温暖化によって生息圏が狭められたり、温度変化や生息圏の変化に適応できない種が存在すると考えられるが、だからすべての種が絶滅したり個体数が減少したりするわけではないことが報告されてもいる。気候変動は非直線的で、非平衡的な現象なのだ。