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「ポスト・コロナ」を生きるための現代思想――「ガイア」とは何か?

人間と自然の関係を再考する

人間と自然の関係の再考が迫られている

コロナウィルスの感染拡大のため2021年に延期された東京オリンピック・パラリンピックについて、安倍晋三内閣総理大臣は「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証」とすると語った。猛威を振るうウイルスに対して、感染拡大を封じ込め、ワクチンを開発することで、人間はウイルスを含む「自然」の脅威にさらされながらも、最後にはそれを克服、征服するという。

しかし、世界規模で猛威を振るうコロナウイルスに世界各国は翻弄され、日本でもいつになれば本当の意味での「収束」となるのか見通せない。現時点で、「自然」の克服への道のりは遠い。

人間には自然を征服して管理することへの欲望がある。その背景には、自然と人間は別個の存在とみなすという前提=西洋近代の二項対立的・人間中心的な考え方があることは言うまでもない。

しかし、昨年より注目を集めている地球温暖化をはじめとした気候変動の問題は、自然と人間の関係を再考する動きを加速させた。とりわけ、人間の活動が地質を構成するほどに環境へ膨大な負荷を与える事態は「人新世」と呼ばれ、世界中の学者が警鐘を鳴らしている。

気候変動とコロナウイルス――私たちが直面している地球規模の問題に対し、医学や薬学、気象学や地質学といった「理系」の知識が動員されている。それに対し、私は人文学の立場から、「存在論的な問いかけ」 が重要だと考えている。

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ここで言う存在論的な問いかけとは、人間だけでなく、自然もまたこの世界に「存在」しているのではないかということである。

上で記した二項対立的・人間中心主義的な考えは、理性を持つ人間がそれを持たない自然や環境に影響を与え支配するという一方的な構図を前提とする。しかし、人間だけでなく動物や植物、事物、そしてウイルスなどもまた、世界を構成する重要な役割を持っているし、そうした人間ではないものによって、わたしたちは日々、作り替えられている。

こうした問いかけは私たちが自明とする「人間」という存在者の前提を揺さぶる。

本稿では、気候変動とコロナウイルスの問題に焦点を当て、近年人文学の世界で注目を集めている「環境セキュリティ」「人新世」「ガイア」といった概念を取り上げながら、人間と自然の関係について再考を迫る人文学の思想を提示したい。