縫製の小島衣料が「リーマンショックの地獄」からV字回復できたワケ

石黒崇社長がすべてを語る

婦人向け「重衣料(コートなど)」の縫製で国内トップシェアを誇る小島衣料を取材した。アパレル業界で先駆けて生産拠点の海外移転を進め、中国のあと、バングラデシュ、ミャンマー、フィリピンへ進出。日本の職人技を現地に伝え、オンワード樫山、ワールド、三陽商会など有名メーカーの商品を製造する。社長はリーマンショック後のどん底の時期に就任し、業績を1.5倍に伸ばした敏腕・石黒崇氏だ。

現地社員は「家族」だ

長らく業界では、発展途上国での重衣料の縫製は難しいとされてきました。手作りの部分が多く、国内との技術格差が大きいためです。

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また、中国進出時は「幹部になりたい」と考える従業員が多く教育がしやすかったのですが、東南アジアは違う。中国なら2回で学んでもらえた作業を、10回教えても習得してくれない。関係が悪化し、ストライキに見舞われたこともありました。

この状況が変わったのは現地社員を「家族」として遇し始めてからです。時に相談に乗り、励まし、工員1000人以上でピクニックやバーベキューを開催して労使の関係でなく仲間として話すうち、彼らにとって日本人が身近な存在になり、工員が「一緒に頑張ろう」という雰囲気に変わっていったのです。

 

今、海外のスタッフは5000人を超え、なかでもバングラデシュでは、高度な特殊技術を必要とするスポーツウエアの縫製も行っています。

「仕事は自分で作るもの」

私は、'02年に「社長候補となる幹部社員募集」の求人を見て当社に転職したのですが、いろいろあって「失格」の烙印を押され、半年間ろくに仕事を与えられない期間がありました。悔しかったですが、その間に事業についてじっくりと考えました。