1989年の近鉄バファローズ「仰木マジック」でも届かなかった、あと1勝

当時の主力・金村義明、山下和彦が語る
週刊現代 プロフィール

そして、運命の10月12日を迎える。この日は西武とのダブルヘッダーが組まれていた。ここで2試合とも勝てれば、近鉄の優勝が決定的になる。

前年の10・19を彷彿とさせるこの場面で大暴れしたのがブライアントだった。ダブルヘッダーの第1試合では、満塁弾を含む3発を放ち、チームの全打点を挙げて6−5で勝利。続く2試合目も、第2打席で一発を放ち、勢いに乗った近鉄はそのまま14−4と大勝した。

2日後の10月14日、近鉄はダイエーに勝利し、リーグ優勝を決める。涙の10・19から、1年越しに見た「天国」だった。

「普段はあまり表情を変えない仰木さんが、ヘッドコーチの中西太さんと抱き合ってニコニコしているのを見て、心から嬉しかった」(前出・金村)

いよいよ迎える日本シリーズ、相手は球界の盟主・巨人だ。12球団で唯一、いまだ日本一になったことのない近鉄とは、あまりにも対照的な相手だ。しかし、選手たちが臆することはなかった。

本拠地・藤井寺球場での第1戦、第2戦を4−3、6−3と連勝した近鉄は第3戦、敵地・東京ドームに乗り込む。そしてこの年7勝を挙げた加藤哲郎が3−0と巨人打線を完全に抑え込んだ。

 

あれが俺の原点や

あと1つ勝てば日本一。近鉄の選手たちは、完全に浮き足立っていた。

ところが、第4戦は思わぬ展開を迎える。巨人の先発・香田勲男の「超スローカーブ」を交えたピッチングに、タイミングを狂わされた近鉄打線は、まるで歯が立たない。結果は、0−5の完敗。

「あの試合で、流れが完全に変わった。香田に狂わされたタイミングが戻らず、こっちがモタモタしているうちに、篠塚(和典)さん、駒田(徳広)さん、原(辰徳)さんと地力のある巨人打線が息を吹き返してしまいました」(前出・金村)