CRISPR-Cas9の特長と課題
──CRISPR-Cas9とは、具体的にどのようなツールなのでしょうか。
たとえるなら遺伝子を切る「ハサミ」です。
二重鎖のDNAに対して、ピンポイントで狙ったところだけを切れるのです。切られたDNAは元に戻ろうとします。その修復の際には、切れた部分のまわりの塩基配列が失われる「欠失」、新たな塩基配列が加わる「挿入」、それまでとは異なる塩基配列に入れ替わる「置換」のいずれかが起こります。
いずれにしても元の塩基配列とは変わる、すなわち遺伝情報が書き換えられるわけです。
遺伝子を組替えるツールとして先に開発されていたツール、ZENやTALENは、タンパク質をつくらなければならないのが難点でしたが、CRISPR-Cas9ではRNAを使います。RNAは誰でも簡単に作成できるのです。
──DNAを構成する塩基配列は30億もありますが、遺伝情報はそのうちのごく一部だと聞きました。
タンパク質を作るのに関わる領域は、30億の1%といわれています。従ってCRISPR-Cas9が狙うのも、この1%の内のどこかです。もっとも最近の研究では、残りの99%も何らかの役割を果たしている可能性が指摘されています。
──CRISPR-Cas9はアメリカで開発され、知財を巡る争いが起きているそうですね。
CRISPR-Cas9の最初の発明者は、米カリフォルニア大学バークレイ校のジェニファー・ダウドナ教授と、その共同研究者エマニュエル・シャルパンティエ博士らのチームと考えられていました。彼女たちが研究成果を発表したのが、2012年6月の『Science』誌です。当然、特許申請手続きも同時に進めていました。
ところが先に特許を取得したのは、米ブロード研究所のフェン・ツァン博士だったのです。そこで知財を巡る争いが起こり、未だに決着はついていません。
学術的な研究目的でCRISPR-Cas9を使う分には、今のところ問題はありません。ただ産業用途で利用する場合には、ダウドナ教授チームあるいはツァン教授チームのどちらが勝つにせよ、特許の使用料が発生する可能性があり、その金額は莫大な額になると推測されています。

日本で開発された、より使いやすいCRISPR技術
──そもそもCRISPRとは、どういう意味なのでしょうか。
CRISPRとは「Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat(一定の間隔を空けて配置された短い回文の反復)」を略したものです。1987年に、大腸菌のDNAの中に同じ塩基配列が繰り返し並んでいることが発見されました。
発見者は当時、大阪大学微生物病研究所におられた石野良純教授(現・九州大学教授)らです。
──それにCasが付くと何か特別な意味が生まれるのですね。
CRISPRの塩基配列の近くには、必ず遺伝子が存在します。この遺伝子がCas(CRISPR-associated)と名付けられました。そしてCRISPR-Casが、大腸菌などの細菌が持っている免疫システムであることもわかりました。
細菌に感染するウイルスなどのゲノムを切断することで、細菌は自らを守るのです。だから細菌が異なれば、持っているCRISPR-Casも違ってきます。Casの種類により、Cas1から現時点ではCas14までが見つかっています。CRISPR-Cas9は9番目に見つかったCasというわけです。
そして、CRISPRの中でもCas9がゲノム編集に使えそうだとわかってきたのが2010年ぐらいで、先ほどの発見に至ったわけです。