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なぜコロナ禍に天皇からの「語り掛け」がないのか、皇室記者の考え

露出激減、見えぬ姿

国民の分断

新型コロナウイルスの感染拡大で経済活動が大きく停滞する中、天皇陛下の即位から1年の節目を迎えました。コロナウイルスによる日本の経済的打撃は東日本大震災の規模をも超えるとみられ、感染拡大を「人類の危機」ととらえる見方も、おおげさとは言えません。

「それなのになぜ」——。天皇陛下に対してそのような気持ちを抱いている国民は決して少なくはないと、私は思います。陛下がこれまで、国民に向けてビデオなどで直接のメッセージを発していないからです。

今年2月の誕生日、会見に臨む天皇陛下〔PHOTO〕Gettyimages
 

「人と人とが接すること」「人々が集まって活動すること」。そういった社会生活や活動の根本が制限され、あるいは事実上禁じられているとも言える今、一部の者の差別的言動は現実化し、営業を続ける事業者らへの視線に、気味の悪い「同調圧力」を感じることも少なくありません。この現状は日本人にとって分断の危機です。

「分断」の反語はなんでしょうか。「統合」のはずです。日本国憲法で「国民統合の象徴」と規定された天皇が、どうして今、国民に語り掛けることによってその端的な役割を果たそうとされないのでしょうか。平成の真似をする必要はありませんが、天皇がビデオを通じて国民に語りかけることは、平成の時代に前例ができているのです。

もう一つ、気になるのは、皇室行事が次々と中止になったため、天皇がメディアに露出する機会がめっきり減り、いわば「見えない天皇」になりつつあることです。「国民に関心を持たれ続けること」は、現代の皇室の生命線だと私は思っていますが、その関心が急激に薄れているように感じられてなりません。国民への語り掛けは、その関心を取り戻すチャンスになりうるのに、あえてそれを避ける背景を私は考えてしまいます。