5月18日 アポロ10号の打ち上げ(1969年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1969年の今日、アメリカ航空宇宙局(NASA)のケネディー宇宙センターより、アポロ10号が発射されました。これは、1961年にはじまったアポロ計画の目的である月面着陸のためのテスト飛行でした。

【写真】アポロ10号が撮影した月面と地球
  アポロ10号が撮影した月面と、その向こうに浮かぶ地球 photo by gettyimages

テスト飛行は、1968年10月のアポロ7号から行われ、10号では本番さながらの最終テストが行われました。11号による人類初の月面着陸は、この2ヵ月後の7月16日になされています。

 関連の日:10月11日 アポロ7号の打ち上げ(1968年) 

宇宙船は、司令船・機械船と着陸船で構成され、着陸船は下降段と上昇段に分かれ、月離陸の際には下降段が切り離されて上昇段だけで飛び立つしくみです。

 

このアポロ10号では、マンガの『ピーナッツ』のキャラクターがマスコットに起用され、本機のコードネームも司令船を"チャーリー・ブラウン"、着陸船を"スヌーピー"とされました。チャーリーとスヌーピーは、非公式ながら、その後も長くNASAのマスコットとして親しまれます。

【写真】スヌーピーのペナント
  船長のT・スタッフォードに「スヌーピー飛行士」のペナントを見せる。"All System Are Go"とあるものの、スヌーピーの設定にトラブルがあったことが判明する photo by gettyimages

飛行士の構成は、船長トーマス・スタッフォード (Thomas P. Stafford、1930-)、司令船操縦士ジョン・ヤング (John Young、1930-2018)、月着陸船操縦士ユージン・サーナン(Eugene Cernan、1934-2017)。いずれもすでに宇宙飛行の経験があるベテランでした(なお、ヤングとサナーンはのちに月面にも降り立ちます。さらにヤングはスペースシャトルの初ミッションで船長を務めます)。

【写真】アポロ10号の飛行士
  左から ユージン・サーナン、ジョン・ヤング 、トーマス・スタッフォード  photo by gettyimages

月着陸船スヌーピーにはスタフォードとサーナンが乗りこみ、月軌道上をまわりながら、11号の着陸地点である「静かの海」の月面から14,447mのところまで近づき、その月面の様子を観察しました。

ところが、司令船チャーリー・ブラウンのもとに戻る準備をしかけたそのとき、スイッチが誤設定から、異常事態がおきてしまいました。下降段を切り離した上昇段は、激しい揺れにみまわれましたが、スタフォードとサーナンの操縦で難を切り抜け、無事にドッキングすることができました。

こうしたアポロ10号の経験は、11号の月面着陸を成功に導きました。なお、スヌーピーの下降段は月周回軌道上に残され、上昇段はチャーリーから切り離された後、月を通過して太陽周回軌道に乗ったとされていますが、その正確な位置は不明です。

月面着陸機は帰還時に切り離され、大気圏再突入で消滅したり、意図的に月面に衝突させて、その時に起こる地震波で月の内部構造の研究のために利用されるので、現存していません。いまも宇宙を漂うスヌーピーの発見を夢見て、アマチュア天文家がその行方を探しているということです。

また、月面周回中に乗組員たちが 「“宇宙からの音楽”を聞いた」という話もあり、アポロ10号は、今も私たちの好奇心をかきたてる話題を提供してくれます。

【写真】ロンドンの科学博物館で展示されているアポロ10号
  司令船チャーリーは、ロンドンの科学博物館で保存・展示されている photo by gettyimages

なお、着陸船スヌーピーに搭載されていた燃料は、月面に着陸して離陸上昇し、再び指令船に戻るには不十分な量だったそうです。これは、血気盛んな飛行士たちが、独断で月面に着陸をしてしまうことを防ぐために、あえてそうしたことだったとか。

独断で地球にやってきた私がいうのもなんですが、宇宙飛行士にはかなりのヤンチャが多かった、ということでしょうか。