新型コロナ、安倍政権と専門家会議の「いびつな関係」

独立性・公開性が保たれていない…
春日 匠 プロフィール

こうして、科学者の世界は、常にお互いに勝負を挑む、ちょっとした(何度も言うがルールに則った)西部劇の様相を呈する。ルールから逸脱した攻撃は認められない一方で、多くの科学者が認めている同僚の見解に対して、ルールに沿った上で効果的な一撃を加えることができれば称賛されるのである。

したがって、注目を集める科学的な見解や理論は常に攻撃に晒されることになる。では、いつこれらの理論は「真理」とみなされることになるのだろう。万有引力の法則や遺伝子の仕組み等、「ほぼ真理である」とみなされている科学理論は多々あるが、これらは基本的に「長年、数多くの同僚科学者による挑戦を受けて、それでも生き残ってきた理論」である。

科学哲学者と呼ばれる人たちは「どういう理論が長年の攻撃に耐えてチャンピオンになるか」をなんとか突き止めようとしてきたが、残念ながらこの試みは現代に至るまで、ほぼ成功していない。今のところは「生き残った理論が生き残った」としか言えないのである。

〔PHOTO〕iStock
 

行政は不確実性の中で「決定」する必要がある

一方、新型コロナウィルス感染症に関する知識は、当然のことながら大半がまだ研究の最中にある。インターネット時代の利点を生かし、この「世界の危機」に対して毎日のように科学者たちによって膨大な論文が書かれ、回覧される。

そのいずれも、基本的には「決定的な知識」とは言い難い。言い方を変えれば「新型コロナウィルスに関する知識は、まだ不確実性が高い」のであり、その性質や今後の見通しに関して、科学者の間で意見が異なるのは、むしろ当たり前である、ということになる。

ところが、政策を決定する際には「とりあえずの現状認識」を確定しなければならない。例えば、COVID-19のような感染症であれば基本再生産数であるとか、感染した場合の死亡率であるとか、対応可能な病床数であるとか、いくらかければそれらを増強できるかとか、そういったことがわからなければ、きちんとした政策は決められない。

そこで、最も「それらしい」数をもとに、政策を決定するのが行政の役割である。しかし一方で、この「とりあえずの現状認識」が間違っているかもしれず、それはそれで検証されなければいけない。「とりあえずの現状認識」が間違っている可能性が高まれば、政策をプランBに移す必要が出てくるかもしれない。

「政府に対する科学的アドバイス」は、この科学の不確実性や、それに起因する科学者間の意見の違いを含んだものでなければいけない

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