新型コロナ、安倍政権と専門家会議の「いびつな関係」

独立性・公開性が保たれていない…
春日 匠 プロフィール

様々な報道などを目にすると、日本の政治家は、「科学的見解」は一枚岩だと思いがちであるように見える。そのため、自分たちに近い立場の科学者を数人集めてくれば、それで科学的見解はおおむね提供されるし、それ以上のややこしい議論は「政治には関係がない」こととして扱いがちである。

あるいは、自分たちが選んだ、自分たちと協力関係にある科学者以外の科学者の見解や異議申し立てについては、「科学は一枚岩であるはずであり、また自分たちが信頼する科学者の言っていることが”科学的”である。すなわち、自分たちの科学者以外の科学者の異議申し立ては科学ではなく信頼するに足らない」という推論をしがちなのである。

もし、反対する科学者の主張が科学ではないとすれば、それはおそらく党派的な意図に基づいた発言ということになるだろう。しかし、この推論は正しいだろうか?

 

科学者は間違える

実際は、科学者の見解は、全ての科学者が誠実に、かつその持てる知識と能力を全て投入したとしても、未来のことが完全に予測できるわけではない。これは一見当たり前のことだが、政策立案プロセスにおいて、しばしば忘れられてしまう。加えて、科学者は必ずしも誠実ではない(自分の関係する会社の利益のためとか、あるいは単に自分が名声を得たいために、意識的にか無意識にか、事実を歪めるものはどんな世界にも存在する)。

そしてもちろん、科学者もミスを犯す。そのため、科学者は常に「科学者の集まりによる集合的な検証」を重んじてきた。これを、20世紀米国を代表する社会学者ロバート・マートンは「組織された懐疑主義」(Organized Skepticism)と呼んだ。「組織された」という言葉が示すとおり、なんでもかんでも疑えば良いというものではなく、科学者はその仲間内で認められた数学的、論理学的手法を使って、仲間の主張の弱点をつこうと、常に狙っているのである。

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