新型コロナの「自粛警察」が抱いている「恐怖」の構造

アルコール、ドラッグの歴史から考える
渡邊 拓也 プロフィール

ペストの発症が確認されれば、14世紀の貨物船は港から本国へと追い返された。17世紀には都市が封鎖され、周辺エリアを含め一切の人および動物の出入りが禁じられた。違反した者は死刑であり、うろつく動物は射殺を許可された。これらがヨーロッパに存在した「古いタイプの」疫病対策であった。

19世紀にパスツールやコッホらの尽力で病原菌の存在が指摘され、公衆衛生学が発達を遂げると、身体や場所を「清潔に保つ」という新たな手法が登場する。それまでは、手の上に目に見えない雑菌が存在するなど、人は想像さえしなかったのだ。

この転換は、疫病対策が、個人・集団といった人間(の移動)レベルでの阻止から、よりミクロな細菌レベルでの阻止へと移り変わったことを意味していた。

ところが、今回の新型コロナに関しては、まるで時の流れが逆行しているように見える。国内でも、2020年2月に横浜港に帰港した豪華客船は「隔離」の象徴となり、4月に全国に発令された緊急事態宣言は、人々に強い外出自粛を説いた。つまり人の移動レベルでの阻止という、古いメソッドが採られたのである。

この逆行はいかにして起こったのだろうか。鍵になるのは「感染の恐れ」である。

 

「伝染する病」として語られたアルコール依存

ここで少し、19世紀西欧のアルコール依存の例を取りあげよう。当時それが「人から人へと伝染する病」だと考えられていたと言ったら、読者は驚かれるだろうか。

それが病と認識されるようになるのは19世紀のことだ。アルコールと人類との長い付き合いの歴史からすれば、意外と最近のことである。

1810年代より徐々に「振戦せん妄delirium tremens」、「渇酒症dipsomanie」といった医学用語が整備され、1849年にスウェーデンの医師マグヌス・フスが提唱した「アルコーリスム」概念により、ついにヨーロッパはそれを病として、すなわち治療とケアの対象として認めた。

背景にはアルコール中毒の爆発的な拡大があった。このことは、産業革命と近代化、そして蒸留技術の発達により、度数の高い酒が工場で大量生産されるようになったこととも関連が深い。なお問題となっていたのは主に(スピリッツ類などの)品質の低い蒸留酒であり、フランスでは「ワインはアルコールではない」と言われていた。