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新型コロナの「自粛警察」が抱いている「恐怖」の構造

アルコール、ドラッグの歴史から考える

コロナ禍のなか感染者が極端なバッシングを受けるケースが目立つ。なぜそうした事態が起きてしまうのか。『ドラッグの誕生 一九世紀フランスの〈犯罪・狂気・病〉』を上梓した大谷大学准教授の渡邊拓也氏が、アルコール依存や薬物依存の歴史にヒントを探る。

排除と隔離

リスクを適切に恐れるというのは、かくも難しいことなのか——世界は今、百年に一度の災禍に見舞われている。

このパンデミックについて、さまざまな「専門家」が、それぞれの立場から数多くの発言をなし、錯綜し矛盾する情報の渦のなかで、人々は右往左往させられている。誰もが例外なく生活世界の変容を経験し、時にはその生活基盤を失う脅威にさらされ、戸惑いながらもそれを受容したり、あらがったりしている。

感染への不安と恐怖は、過去においても排除や隔離といった振る舞いを引き起こしたことがある。今回も、感染者やリスクの高い行動をする人々を過剰にバッシングする「自粛警察」と呼ばれる人々の行動が報道されたりもしている。以下では、アルコール依存や薬物依存の人々が排除の憂き目にあってきた歴史にも触れつつ、そうした行動の背景にある「感染への恐怖」について考える。

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「伝染する病」の恐怖

戦争、飢餓、大恐慌……社会全体を覆う種々の災禍の中でも、伝染する病(疫病)は際立って特殊な地位にある。古くより幾度となく疫病の波に襲われ、ある意味では経験豊かなはずの西欧諸国が、経済を犠牲にしてまでロックダウンという「ハードな施策」に踏み切ったことも、今回の事態の受け止められ方の深刻さを示している。

14世紀にペスト(黒死病)が蔓延した時、ヨーロッパはその全人口の3分の1を失ったと言われる。空港などで「検疫」のことをいまだに「40日間quarantine」と呼ぶのも、当時、港に着いた船をそのまま逗留させ、40日の間、人も積荷も上陸を許さなかったという当時の記憶を現代に留めている。

ペストは後世になって、ネズミ(ノミ)が媒介となって拡大していたことがわかるのだが、何を媒介とするにせよ、人から人へと伝染し、なおかつ死に至る(可能性のある)病は、常に最大限の恐怖の的となる。その最終地点は人類の滅亡だからだ。

『監獄の誕生』のミシェル・フーコーによれば、西欧世界がこうした大規模な疫病に対して取った対策は、伝統的には大きく二つしかない。「排除(追放)」と「隔離(閉じ込め)」である。