2020.05.29

知って得するトリビア…徳川政権が巨額の赤字を抱えた「失敗の本質」

おもしろい経済の話(3)
長沼 伸一郎 プロフィール

米の値下がりをいかに防ぐか

では経済政策という点で、そのシステムを維持する上での最大の課題とは具体的に言って一体何だったのだろうか。一言で単純化して言えば、それは米の値下がりをいかにして防ぐかということに尽きていたと言っても過言ではない。それは以下の理由による。

武士階級の立場からすると、基本的に米の現物が手元にあるため、最低限餓死せずに生きていくことだけはとにかくできる。しかし彼らとて衣類や武具、建造物などの修繕、その他様々な製品やサービスなどは購入しなければならない。確かに一応は米が通貨という建前になっていたこの社会ではあるが、こういったものの支払いは、結局は金銭で行わねばならない。

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そこで彼らは、徴収した年貢のうちのいくらかを市場に出して売却し、それを金銭に換えていた。だが彼らが現実に直面させられた問題とは、この交換を行う際の米の値段が時を追うごとに下がっていってしまい、同じ量の米を売却しても、手に入れられる金銭がだんだん少なくなってしまったということなのである。

やむなく彼らは倹約に次ぐ倹約を行わねばならず、それでも不足する分については商人たちから大量の金を借りてその場をしのいでいた。そのため全国どこの藩でもその財政は累積赤字に悩んでいたのである。

この武士階級の窮乏化は、階級制度の崩壊、ひいては政権全体の倒壊を招きかねない。そのため徳川政権は躍起になって米価の下落を食い止めようとした。しかしながら結局のところ抜本的な対策を打ち出すには至らず、ペリー来航による外国からの軍事的圧力とそれが引き起こした内乱という、別の外的衝撃によって体制が瓦解するまで、この累積赤字は不治の慢性病として最後まで続くことになったのである。
 
これは単に幕府のやり方が下手だったというよりは、もっと遥かに本質的な問題によるものであり、農業という産業の持つ宿命的な弱点につきあわされた結果だと言える。一般的に洋の東西を問わず、農産物の価格というものは長期的に下落していく傾向にあり、生産物を安く買い叩かれて産業全体がだんだん儲からなくなってしまう。そのためこの産業に従事する人々の数は減ってしまうのである。

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