玄関で靴を脱ぐように…コロナから再起、イタリアの「新しい生活様式」

大変革を余儀なくされた人々のいま
田島 麻美 プロフィール

商品PRをやめたテレビCM

移動制限が解除されたとはいえ、大半の市民は次の法令が発表される18日までの間はこれまでとさほど変わらない隔離生活を続けている。自宅にこもる時間がここまで長くなると、以前はテレビとは無縁の生活を送っていた我が家でも、夜はテレビを観る習慣がつく。

ロックダウンが始まった直後から、どのチャンネルを回してもCMの前後に「コロナウイルスは深刻な問題です。あなたと大切な人を守ためにもマスクを付けましょう。手洗いを頻繁にしましょう。1mの距離を保ちましょう」と言うメッセージが流れ続けていた。

と同時に、どの企業も一斉に商品PRをやめ、「この危機を一緒に乗り越えよう」と視聴者を勇気づけるようなCMに切り替えたことには少し驚いた。

 

大手スーパー・チェーンは「あなたに寄り添い、一緒に乗り越えていくために、私たちは商品の値段を下げて提供しています」というコピーとともに、危機的状況の中で献身的に働くマスク姿の従業員を前面に押し出したCMを作成した。

大手食品メーカーや消費財メーカー、保険会社も銀行も軒並み同様のCMを流し、商品の訴求よりも視聴者の共感を呼ぶことに専念していた。

いつもの明るく快活で楽しいCMは影を潜め、変わって力強く頼もしいトーンのナレーションとともに過酷な医療現場のスタッフやボランティアの人々の姿を追ったCMは、イタリア人でなくとも思わず胸が熱くなるようなものだった。

人間的な心を取り戻そう

その後、段階的な制限解除が発表された4月の下旬から、テレビのCMにも変化が見られ始めた。それまでの重さが消え、今度は「共に力強く立ち上がろう」とアピールするCMに切り替わった。

相変わらず自社商品のPRは控え、代わりにイタリア各地の美しい風景や人々の姿、歴史の1シーンなどを繋ぎながら、イタリア人としての誇りや愛国心、団結心に訴求するCMが流れるようになった。これらのCMに共通しているのは、より人間的な心を取り戻そう、というメッセージである。

つい先日、イギリスの医療現場にバンクシーが残した絵画が話題になったばかりだが、イタリアでも早くから医療の最前線で命がけで治療にあたってきた医師や看護師、スタッフは英雄として讃えられてきた。

特別な力や才能を持ったスーパーヒーローではなく、人間としての思いやりや使命感、責任感を持って、一人でも多くの命を救おうと危機に立ち向かっている「身近にいる普通の人」こそ英雄と呼ぶのにふさわしい。誰もがそう思うようになった。

イタリア各地の病院には、医療スタッフを英雄・守護天使と呼ぶ子どもたちからの感謝の手紙や励ましのメッセージが毎日たくさん届いている。ウイルスという未知の脅威に直面している今、スーパーヒーローよりも、より人間らしい心の強さと優しさを持った人たちが強く求められている。

ローマのスパランツァーニ病院の門に掲げられた感謝の横断幕は、付近の幼稚園児から寄せられたもの(画像:RomaToday)

旅行者の再来を待ちわびて

保健省から毎日発表される感染者のデータは引き続き好転が続いているものの、規制緩和後の状況が判明するまでにはまだ1〜2週間を要する。

被害が特に甚大な北イタリアでは一刻も早く全ての経済活動を始めたいという動きが激しくなっているが、新型コロナウイルスによる犠牲者の80%近くが同エリアに集中していることを考えると、規制解除にはかなり慎重にならざるを得ない。

今後の活動再開に向けては州ごとの状況の違いを考慮しつつ、各州と政府が協議の上で臨機応変な対応をしていくことが必要になってくるだろう。

一方、観光業やサービス業の従事者が多いローマでは、予定されている6月1日よりも早く美容院やレストランなどの営業を再開しようという動きもあり、そのための準備が急ピッチで進められている。

鉄道の主要駅であるテルミニ駅、空の玄関口であるフィウミチーノ空港では徹底した体温チェックを行う準備も整い、旅行者の再来を待ちわびているが、本格的な活動再開がいつになるのかはまだ誰にもわからない。

今、イタリア国民は息を潜めてカレンダーの5月18日を見つめている。その日が来れば、次の道も見えてくる。その道が明るいものになるかどうかは、市民一人ひとりの責任ある行動にかかっている。