実家に通って介護、そのとき浮気を…

そんな折、みち子さんの実家に介護問題が持ち上がり、みち子さんは週末を利用し、娘を連れて実家に通うことに
「さみしかったんでしょうね。女性とお付き合いをするようになりました。私も見なきゃいいのに、携帯電話の履歴とか見てしまい……。そういうことを隠れてする人は、やめてもまたする、と思って、『もう無理だね』と離婚を切り出しました。むこうも『そうだね』とあっさり」

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ちょうどそのころ、得意先だった保育園との取引がなくなってしまったことで、店は苦境に立たされていた。子育てと実家の介護問題に奔走していたみち子さんには、新たな得意先を増やす気力は残されていなかった。

「2人でやっている店だから、財布が厳しくなると、しなくてもいいけんかも増える。お互い、家庭にも仕事にも疲れてしまったんだと思います。店がうまくいっていたら、離婚という結論にはならなかったと思いますね」

こうして約10年の結婚生活はあっけなく終わった。元夫は子どもを可愛がってはいたが、子育てのほとんどはみち子さんが担っていたため、親権を争うこともなく、養育費を払う約束で協議離婚となった。
離婚とともに店は閉め、その2階にあった住まいも失った。みち子さんは娘2人を連れて、元夫は1人で、それぞれ家を探して出て行った。

あっけない幕切れだった Photo by iStock

子連れで独身寮に

「千葉の実家に帰ることも考えたんですけど、親も古い人間だから、子どものために離婚は我慢しろ、という感じだったので頼れなくて。看護師として働きながら、娘2人を育てるとなると、夜勤のある仕事はむずかしい。ブランクもあって不安だったので、まずは製菓・製パン学校を卒業したてのときにパートで働いたことがある特別養護老人ホームに勤めることにしました。夜勤もないし、子連れで独身寮に入ってもいい、と言ってもらえたので」

独身寮は職場の裏に建っており、子どもが熱を出して学校を休んだとしても休憩時間に様子を見に戻れる。母子家庭としては好条件が揃っていた。

しばらくそこで働いた後、みち子さんはいまの職場に移る。
「今後、ずっと働いていくことを考えると、『特養』ではなく、看護師としてのキャリアが積める『病院』のほうがいいと思ったのです」