頭の中で鳴り響くサイレン
疫病が人類に襲いかかった。
だが、今われわれに襲いかかっているのは病だけではない。情報の奔流も、人類を呑み込もうとしている。もはや、日常生活において「ウイルス」「感染者」「病」「予防」といった文字から逃れることはできない。
われわれ人類は、いま、確実に精神を蝕まれている。考えてもみてほしい。未だかつてこれほどまでに「病気」や「ウイルス」に関する思考で頭が占められたことがあっただろうか。
テレビやネットは朝から晩まで絶え間なく新型コロナウイルス(COVID-19)の脅威を報道し続けているし、新聞や雑誌には連日、顕微鏡で見たウイルスのイメージ図や、罹患した感染者、防疫にのぞむ人々の姿が載る。

これはわれわれの脳に、"病原菌" や "感染" を思い起こさせるイメージが自然と「プライミング」され続けている状況と言えよう。プライミングとは、心理学の専門用語で、ひとつの刺激への曝露が後続の刺激への反応に無意識に影響を与える現象のことを指す。
いま、Twitterでは、#pandemicdreamsや#covidnightmaresといったハッシュタグが作られて、世界中の人々が「奇妙な夢」を見たことを報告し合っているようだ。*1 そのような夢を見るのも、「心理的プライミング」による影響の表れのひとつと言えるだろう。
筆者の前回の記事「『キモい』がいじめっ子と差別主義者の口グセになった『根深い原因』」で、人間の「キモい(気持ち悪い)」という感情システムは、“病気” を連想させるものに反応し、忌避させるための生物学的アラームとして進化した、という話をした。
「キモい」という感情のように〈疾病回避〉の機能を持つ心理システムのことを、引っくるめて「行動免疫システム(BIS, the behavioral immune system)」と呼ぶ。
われわれの脳内ではいま、この「行動免疫システム」のサイレンが四六時中鳴り響いている。──その結果引き起こされた社会現象のひとつが、各方面から批判された岡山県知事の発言*2 にみられるような「よそ者嫌い」である。
ヒトは、アフリカの部族社会環境に適応して何百万年と心を進化させてきたので、疫病の脅威が高まると、かつて典型的な感染源であった「ちがう部族」(=異人種、異国民、他府県民)に対して差別心や偏見を抱きやすくなるのだ。
──しかし、感染症の脅威や、それに対処しようとする行動免疫システムは、ヒトを人種差別主義者にするだけではない。体制順応主義者(comformist)にも変えてしまうのである。
本稿では、このことに警鐘を鳴らそうと思う。