5月 9日 フランスの数学者、G・モンジュ誕生(1746年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

1746年の今日、フランスの数学者で、幾何学の一種「図法幾何」を創始したガスパール・モンジュ(Gaspard Monge、1746-1818)が誕生しました。

ガスパール・モンジュ Photo by Getty Images

フランス東部の都市ボーヌ(Beaune)で商人の子として生まれた彼は、地元の教会で中等教育を修了します。その際の優秀な成績に加え、在学中に製作したボーヌ市の地図が工兵学校の副学長の目に留まり、入学を勧められました。

しかし、彼が志望した士官候補生コースは貴族にしか入学が許されず、やむなく製図工コースに入学します。

 

モンジュは製図工として頭角を表し、城の防御力を上げるための設計に投影法を取り入れたことで再び副学長に認められ、数学演習の教師として採用されます。このとき、投影法を用いれば3次元の図形が平面上に表せることを明らかにしました。これはのちに「図法幾何」と呼ばれるようになります。

モンジュはそれ以降、数学、物理学の教授や、技師養成コースの教員を務めました。当時の彼は、城の設計法や光の影について研究し、それぞれ自著にまとめています。また、化学者のラボアジェ(Antoine-Laurent de Lavoisier、1743-1794)と親交が深く、火の燃焼に関する彼の説を支持する実験データを提供しました。

ラボアジェ Photo by Getty Images

1780年以降、パリに拠点を移したモンジュは、これまで築城に用いていた投影法を大砲にも応用することになりました。彼の図法幾何学に基づく新たな武器は抜群の威力を発揮し、フランス軍は図法幾何学を門外不出としたといいます。

しかし、モンジュは自らの図法幾何学が軍事・非軍事にかかわらず多くの場所で利用されることを望みました。そして、旧友ラボアジェの支援もあり、1794年に理工系の高等教育機関エコール・ポリテクニーク (École polytechnique)を創設します。そこで多くの生徒に図法幾何学を教えることを可能にしたのです。

エコール・ポリテクニーク内の広場 Photo by Getty Images

モンジュは自らの研究の集大成として、1799年に著書『画法幾何学』を発表し、真上や正面からの投影に加え、物体を斜めに投影する「射影」の幾何学も確立しました。また、現在では、ナポレオンのエジプト遠征に同行した際に発見した蜃気楼の研究でも知られ、蜃気楼を「モンジュの現象」ということもあるようです。