教育ジャーナリストのおおたとしまささんが考察する「9月入学」、これまでに「9月入学を実施する場合に起こりうる問題点」「9月入試が魔法の杖やリセットボタンと言えない理由」について綴ってもらったが、ここでは「ではどうしたらいいのか」について具体的な対案を考察いただこう。

現実的に「子どもたち」を考えた教育改革とは何だろうか。

学習指導要領の弾力化と入試の分散

学習指導要領と検定教科書と入試が三つ巴になって日本の教育をがんじがらめにしているがゆえ、大学入試改革も進まなかったし、今回の新型コロナ禍にも柔軟な対応ができていないというのが私の認識であることを共有したうえで、発想の転換を提案したい。それが「9月入学」への対案のたたき台になるとも考える。

これを機に学校のあり方を根本的に見直すというのならむしろ、学習指導要領の弾力性を増し、検定教科書を廃止し、現場の学校や教員の裁量を増すことを検討したらどうだろう。そうすれば海外と同様に、過度に横並びを気にしない教育文化ができる。「9月入学」よりもよほど本質的にグローバルスタンダードである。ただし、これについても、この秋までに正式に変更は無理である。

教科書がない国は多い。どの教材を用いて教えるのかも教員の裁量に任されるのだ。教科書や学習指導要領によって教え方の「マニュアル化」がきちんとなされているという一面もあるが、ガチガチに固められていると柔軟にはできない。また、飛び級や留年が普通にある国も少なくない Photo by iStock 

現在の緊急事態に際しては、臨時的に学習指導要領の弾力化を文科省が認めればいい。学習指導要領の中にも優先順位を設け、「小学校卒業までに最低限こことここは押さえておくように」などと決めたうえで、社会状況、地域の状況、生徒たちの状況に合わせて、学校単位または各教員の判断で学習内容を臨機応変に変えてよいことにする。各進学段階での入試問題の作問者も、それを最大限に配慮する。

要するに学習指導要領の項目を終わらせるために「9月入学」にするのではなく、学習指導要領のほうを調整すればいいという話だ。

たとえば本来であれば小学3年生で学ぶべきことを取りこぼしたとしても、3年生を8月まで延長するのではなく、4月に4年生に進級させてから、取りこぼした分を学び直せばよい。こんなときぐらい、4年生が3年生の教科書を使ったっていいではないか。その後も4年生、5年生、6年生という長いスパンの中で、上記の臨時の弾力的学習指導要領と照らし合わせて遅れを吸収する。高校入試や大学入試においては、学習指導要領で優先順位が下げられた項目については極力出題しないように忖度する。

もし私が大学の教員だったら、来年度の入試には「新型コロナウィルスへの各国のリーダーの対応を比較し、あなたはどの国のリーダーが優れていたと思うか、理由とともに述べなさい」という小論文課題を出したいくらいである。それこそ先の大学入試改革でやりたかったことではなかったのか。