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日本のコロナ対策、結局「何に成功し、何に成功していないのか」

そもそもの「戦略」から考える

医療と社会、双方の観点から

世界中を席巻しあらゆる枠組みを変えてしまう勢いの新型コロナウイルス。このような誰も経験していない未曾有の事態に対しては正解があるわけではない。多くの人の力で、施策をいかに正解に近づけていくかが重要である。

その際には戦略、目標を人々が共有して動くことが最も効率の良い対応である。医学的な観点と共に社会経済的な観点も加味した対策が必要であるが、その両義性・両面性ゆえに、多くの人が混乱しているように見える。あるいは、同じ施策を目にしていても、少し視野が偏ると両極端の意見に分かれてしまい、そのために議論がすれ違っているケースを目の当たりにすることもある。

私は以前、あるインタビューで「新型コロナウイルスは怖くない」という趣旨の話をしたことがあるが、ある医療従事者はこんなに恐ろしい病気を怖くないというのは情報不足ですと言う。インフルエンザと異なり直接ウイルスが肺炎を起こすこと、数時間で急激に増悪して集中治療室に運ばれてしまう人がいること、医療者でもあるので最近の情報として当然知っている。

それでもあえて怖がりすぎないようにと訴えるのは、一方で緊急事態宣言で倒産や失業の恐怖にあえいでいる人たち、医療従事者の子供だからと保育園で拒否されたり、感染した家族を村八分のように責めるなどの過剰な恐怖からの差別に苦しむ人たちがいるからである。

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医療の観点からだけ考えていては片手落ちなのである。医療の観点に偏りすぎても社会や経済の観点に偏りすぎても問題で、そのバランスが非常に難しい。

また、事態が進展するスピードが速く、世界中が集中して検討している課題であるため、凄まじい勢いで世界から情報が流れて来る。そのスピードについていけないと周回遅れの情報で意見を発することになってしまう。これら情報の時期のズレによる意見のすれ違いも存在しており、議論がいっそう複雑になっている。