2020.05.06
# 社会 # 文学

迫りくる「首都感染」…延期された緊急事態宣言が出されるまで

現実となった『首都感染』③
高嶋 哲夫 プロフィール

増える取材

大阪で週刊誌『FRIDAY』の取材を受けてから、『首都感染』に関係した取材が多くなった。テレビ、新聞、雑誌からだ。

神戸に住んでいると、東京での話題には疎くなる。おまけに、神戸の本屋さんでは、ほとんど見かけることもなかった。新聞に広告が載ることもない。講談社とは、『首都感染』以来、仕事はしていない。時折、『首都感染』の増刷の知らせを受け取る程度だった。

 

3月後半に入ったころから、東京から神戸に来る取材の大半が、電話インタビューに変更された。スカイプも使われた。アメリカの出版社とのやり取りは、スカイプだった。多少のタイムラグはあるが、慣れれば問題はない。

映像の必要なテレビ取材は自宅まで来たが、全員がマスクをして感染防止にはかなり神経質になっていた。

書斎の高嶋哲夫氏/撮影:加藤慶

『首都感染』が本屋にないという話は色んな所から入ってきた。

友人からは、手持ちの本を譲るように頼まれたが、ほとんど持っていなかった。3月半ばすぎに、万単位の増刷が出来ているはずだ。

同時に東京の本屋さんに、大量に並べられている写真も送られてきた。地方によって、配本の数が違うのだ。

「大切な人をウイルスからどう守るか!?」

ポップ付きの『首都感染』の写真もあった。「予言」という言葉も使われている。

「予言の書」と言われるのは、気にしないが、間違っている。後で詳しく書くが、歴史と科学の結果、当然のことなのだ。

やっと、多くの人に読まれ始めているという実感がわいてきた。

そのころは、積極的に宣伝する気にはなれなかった。自分の本を宣伝するのは気恥ずかしいところもある。小説は実用本とは違い、多くの人にとって、普通の生活では、あえて読まなくてもすむものだ。

宣伝をためらっていた理由は、もう一つあった。本の内容だ。この時期に便乗して売る、ということに抵抗があった。多くの人が大きな苦労をしている中で、単純には喜べなかった。

しかし、僕の本がこんなに注目されることはなかったので、嬉しい気持ちはあった。

アメリカの感染爆発

3月27日には、世界の感染者は50万人を超え。死者2万3000人を超えた。しかし日本ではまだ、感染者2236人、死者は62人と、世界から見れば非常に低い人数を保っていた。

翌日、総理は会見で、今後爆発的に増える可能性があり、三密「密閉・密室・密接」を避けて行動するよう国民に要請した。今では合言葉のようになっている言葉が初めて使われた。

2月の終わりに出された、「全国の小中高校の休校要請」は続き、春休みに入っていった。そのまま、5月の大型連休明けまで続けられることになった。つまり、卒業式も入学式も中止か規模を小さくして行われた。生徒は運動場で間隔を開けて置かれた椅子に座り、父兄の参加なしで行われたところもある。

3月でもっとも大きく変わった国はアメリカだ。4月1日には、感染者は21万3242人、死者は4000人を突破した。両方とも世界最高となった。特に死者は3日で倍に増えた。まさに、感染爆発だ。

日本ではマスク不足が定常化し、ひと箱50枚入り3980円で八百屋で売られているのを見た。ネットではさらに高額で売られていた。医療現場でもマスクやゴム手袋、ガウン、フェイスシールドなど感染予防品が不足し、医療崩壊が危惧されていた。

マスクは店頭からすっかり消えた(photo by gettyimages)

しかし個人レベルでは、意外と普通の生活を送っていた人が多かったのではないだろうか。

僕は相変わらず、3年越しのハリウッドプロジェクトに集中していた。

4月には、『紅い砂』のショートフィルムが出来る。それを基に英語版の資金集めと告知を目的にした、「クラウドファンディング」を立ち上げる準備が進んでいた。参加してくれた人たちに、何を送るか。世界にはいつ発信するか。担当してくれている近藤くんと話し合っていた。

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