父の急逝後に突然認知症を発症した母の登志子、そしてしっかり者と思っていたのに、実は認知症になりつつあり、母の実家をゴミ屋敷にしていた伯母の恵子。伯母は独身で、編集者の上松容子さんは従妹と協力してケアをすることになった。上松さんは2人の介護を考えなければならなくなった。

当初同居を反対していた義母も最後とは折れて母とも同居になり、上松さん、義母と母、そして夫と娘との生活が始まる。前回の記事でお伝えしたように、使用済みトイレットペーパーを流さずにトイレの床に積み上げてしまったり、他人の歯ブラシを使ってしまったり、同居して見守る介護の大変さを思い知ることとなった。かたや、転んだ後に入院していた伯母の退院後の居場所も探さなければならない。

仕事と、子育て、そこに複数の介護がのしかかってきた上松さんに、相談員がかけた言葉とは。

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退院後、ショートステイに移動

伯母が入院しているうちに次の居場所を見つけなければと、みんな焦っていた。病院の近くに、新しくて居心地の良さそうな老人ホームがあったので、相談に行った。ショートステイもあるという。近ければ移動しやすいから、伯母の負担も少ないはずだ。施設の相談員に詳しく話を聞いたのだが、伯母の年金では利用料を払いきれないことが判明した。それまで伯母の生活費は、オーバー分を伯母の義妹にあたる晴子叔母が肩代わりしてくれていたが、そうそう彼女に頼ってもいられない。

身内の焦りがピークに達したころ、地域包括支援センターのAさんから晴子叔母に連絡が入った。病院からタクシーで15分ほどのところにS苑という特別養護老人ホームがあり、そのショートステイが利用できるらしい。親族から異論が出るはずもなく、退院したらそのS苑に直行することとなった。
さて、まずはその準備である。

歯ブラシなどは、入院時に持っていたのでオーケー。寝間着は祖母が着ていた浴衣などを晴子叔母が届けて使わせていた。しかし、ショートステイとなれば自前の普段着や寝間着を用意しなくてはいけない。家にある洋服でタンスから出しっぱなしのものは、ネズミのフンと尿で汚染されている。室内で着るものは、我が家の近くにある衣料品店でまとめ買いをした。近所のおばちゃんたちで混み合う、昭和感漂う店だが、ちょっと入ってみて驚愕した。とんでもなく「激安」だったのだ。下着もアウターも、1週間のローテーションが組める数を1万以内で買うことができた。恐るべし、昭和の衣料品店。

メインは脱ぎ気がラクなトレーナー。色も形も、ハイセンスとは程遠い。見栄っ張りな伯母が、こんな服で納得するかしら? 恐る恐る見せてみると、あっさり受け入れてくれた。自分がもはや、姪の持ってきた衣類にケチをつけられる立場にないと理解していたのだ。覚悟を決めてからの伯母は、拍子抜けするほど素直だった。

しっかりものでおしゃれも好きだった伯母だが、今までのワードローブと違う服でも受け入れてくれた Photo by iStock