「二つ目は心身の健康被害への不安。パソコンなどを使うことによる子どもの視力低下や、ストレートネックなど姿勢の問題ですね。もっといえばドライアイ、ブルーライト。加えて、メラトニンの分泌が阻害されて、夜眠れなくなって朝起きられなくなるのではないか。依存するのではないか、と。これにSNSを活用することでのラインいじめなどへの不安があります。十分なリテラシーを担保できないと恐れます」

そして、三つめが、パソコンがない、Wi-Fiがないといったインターネット環境がない子どもを排除してしまうことにならないかという公平性の問題だ。ここは学校が把握して、タブレットを貸与するなどの策を講じればいいことだ。それによって、環境がなかった子どもは新しい世界、可能性に触れられる。ただし、保護者に対し環境整備への投資を強制するわけにいかないため、初期段階では個別の配慮が求められそうだ。

すでに地域ごとで格差はある。(コロナ禍の)この機会に、整備してほしいが、知識不足から感情的な問題になりがちです」

デジタルに触れてこなかった世代はどうしてもマイナス面ばかり考えてしまう。しかし今はデジタルネイティブな子どもたちの時代で、むしろデジタルを使いこなすことは必須条件になってきている Photo by iStock

コロナ休校でなくてもICTは必要

こういった学校現場での「変化への不安」は、コロナショック以前から存在した。松田さんは、遠隔でなくてもICTは有効な教育ツールだと言う。

「従来の授業に今までなかったツールなので、端的に言えば『いらない、必要ではない」と思われていたんです。だが、実はコロナの今だけ効果的なわけではありません。大きな特色は、授業そのものがアナーキーティブ(ルールに縛られない感覚)になること。例えば、社会の授業で世の中の人はこんなことをしているよ、世界ってこんなだよというようなことをモニターや映像を通して伝えるとする。でも、『はい、じゃあこっちみて』と全体に対して黒板に何か書いていくと、子どもたちはそっちを見なきゃいけない。ちょっとよそ見していたら、わかんなくなっちゃったなんてことが起きてしまいます」

そこから興味関心をなくす、学校や授業がつまらなくなる、自信を無くす、みたいなことが起きることは想像できる。中学年くらいから算数の授業で脱落する児童が増えるのは、一斉授業の限界にも映る。

「個々にパソコンがあれば、ひとりひとりが自分の興味関心で見るものを選べたり、繰り返し見ることもできる。もうひとつは、共有ですね。クラスの仲間がどんな感想なのかとか、『あ、私、これも知ってるよ』といった情報も共有出来ます。授業支援システムの一覧機能で共有できる」