(c)2020『Fukushima 50』製作委員会

富野由悠季が熱弁する『Fukushima 50』の「歴史的価値」

期間限定デジタル配信も決定

新型コロナウイルス感染拡大により緊急事態宣言を受け、多くの映画館は現在上映自粛をしているが、エンターテインメントはむしろ外出自粛の中で人々に必要とされている。そんな中、公開されたばかりの新作でありながら期間限定にて有料のストリーミン上映を決めた作品が『Fukushima 50』(フクシマフィフティ/若松節朗監督)だ。3.11の福島第一原発の事故で、被害を食い止めるために福島第一原発に残り続けた「Fukushima50」たちが、渡辺謙、佐藤浩市らによって再現されたかのような作品は、むしろ新型コロナという未曽有のウイルスに直面した今、リアリティをもって見られるのではないだろうか。

本作が公開されたのは2020年3月6日だった。その直後に熱いメッセージを寄せてくれたのが、アニメ界のレジェンド・富野由悠季監督である。「虫プロ」で『鉄腕アトム』製作に携わり、『機動戦士ガンダム』をはじめとしたガンダムシリーズなど多くのアニメ作品を手がけた富野氏が、自ら『Fukushima 50』を観て抱いた思いを綴った。

 

一般公開2日目に観に行った

一般公開の2 日目に観た。東日本大震災9年目で、かつ新型コロナウイルスの脅威の渦中だ。そのせいであるのかないのか、都心の映画館はそれなりの親客が座っていたのに驚いた。若者にも関心があるテーマだからだろう。

映画としての過不足を感じずに最後まで見終られて、妙な感覚に襲われたのは、とても当たり前の劇映画になっていたからで、この作品を試写会で見て映画を評論する人たちの評価の低さを知っていたからである。

事実をどのように伝えるのかという課題はかなりハードなのだが、厳格な門田隆将の原作があったうえに、脚本の前川洋一の取捨選択とそれを統合した若松節朗監督のコンビは、よく劇映画に転換させたと感じる。その白眉は、付け足し的に見えるアメリカ大使館と横田基地の描写を取り入れていることで、冷静な劇映画にして見せた構造論にある。かつての日本映画にあったような付け足し感がない。その理由は、原発のオープンセットが本物らしく設営されたことと、そこで演じられている劇が本物らしいから、米軍のヘリが飛んでも、同一の劇空間の物語と了解できたからで、そこが『シン・ゴジラ』と徹底的に違うところだ。

(c)2020『Fukushima 50』製作委員会

それは演出全般にいえて、熱演を評する評論があったりするのだが、それも違う。佐藤浩市渡辺謙は、お二人のインタビューからも分かるとおり、実在の人物像を知っている人びとからレクチャーを受けているから、一方的な熱演を見せることはしていない。それはほとんどの役者にもいえて、冷静な熱演であるためにリアルがかもし出されて、それゆえに、見終わった後に疑念が残る作品になっていないのだ。

(c)2020『Fukushima 50』製作委員会