「コロナ疲れ」はこれで解消、旅気分を味わえる小説『流人道中記』

著者の浅田次郎にインタビュー

旅気分を味わえる

―著書『流人道中記』では、時は万延元(1860)年、名門旗本・青山玄蕃は、不義密通(反道徳的な不貞行為)の罪で蝦夷(現在の北海道)松前藩に流刑となります。

監視役である若い見習与力・石川乙次郎と江戸を発ち、奥州街道を北へ進む道中、各地の宿で二人は様々な事件に巻き込まれる―。一緒に旅をしているかのような気分を味わえる時代小説です。

新型コロナウイルスのせいもあってか、読者の方々には楽しんでいただいているようです。旅行どころか外出すらままならない現状で、巣籠もり読書にはぴったりな本ですからね。執筆にあたり、取材のために旧奥州街道に沿って旅しました。仙台や盛岡などはもちろん、二人の旅の終わりの地である、青森の三厩まで。いまとなっては懐かしく思い出されます。

奥州街道を舞台に選んだのは、江戸から北へ北へと流される様子が、「都落ち」という言葉に合っていると思ったのが理由です。よく訊ねられるのですが、『一路』で中山道を描いたから、全国の街道を踏破しようということでは決してありません(苦笑)。

―物語は主に乙次郎の視点から語られます。貧乏同心の家から与力の家に婿入りした乙次郎は、出自の卑しさ故に、罪人の押送役を押し付けられたと不満を抱えています。

 

乙次郎が与力の入婿になるというのは、当時の武士の身分制度からすれば、ありえなくはないが相当むずかしい。婚姻先の事情など運もあったとはいえ、乙次郎が学問も武芸にもよほど秀でた人間だからこそ、出世できたわけです。いわば江戸のシンデレラボーイです。

ただ、才気あるとはいえそこは19歳の若者。不出来な弟妹を持ち、義理の母親とはうまくいかず、算え15歳という幼い妻との関係にも悩んでいる。

侍としての生き方、家庭の問題、そういった苦悩とどう向き合うか。本作は紀行小説でありつつ、乙次郎の成長物語でもあります。