コロナウイルス時代にデフォー『ペストの記憶』が教えてくれること

「事実を求めるための感性」の磨き方
武田 将明 プロフィール

奇妙な作品『ペストの記憶』

これと比べて、カミュの小説より200年以上前に刊行されたデフォーの『ペストの記憶』は、現代の読者からどう読まれるだろうか。おそらく、カミュの『ペスト』と同様の、疫病を主題にした哲学的なフィクションを期待すれば、いささか裏切られるだろう。

カミュと異なり、デフォーは1665年にロンドンを実際に襲ったペストを題材に本書を執筆している。ゆえに、先ほど紹介した冒頭の場面では、当時の資料に見られる死者の数がそのまま載っている。ほかにはペスト流行時に出された法令も、ほとんど変えずに引用されている。

では、『ペストの記憶』はノンフィクションかといえば、そうとも言い切れない。「H・F」とイニシアルのみ示された架空の人物を主人公に、彼の見聞を紹介する形で書かれた本書には、かなり信憑性の低いうわさも掲載されている。

 

例えば、身内を失い、「心が重荷に耐えかねてぺしゃんこになったために、首がだんだん胴体にめりこんで、肩のあいだに沈んでいき、ついには、肩の骨から頭のてっぺんがほんのわずか出ているだけになってしまった」男の話。『ペストの記憶』とは、事実の記録のなかにこうしたあやしい逸話も取りこんだ、フィクションとノンフィクションのどちらにも属さない奇妙な作品なのである。

どうしてデフォーはこのような作品を書いたのか。詳細は別の機会に譲るとして、ひとつだけ事実を示すならば、1720年にフランスのマルセイユでペストが流行しており、本書の刊行された1722年には、まだイギリスでペストへの警戒心が強かった(結局、このときイギリスはペストの難を逃れている)。この状況を見て、ジャーナリストとしての才能にも恵まれていたデフォーは、かなり急いで本書を執筆したらしい。その結果、『ペストの記憶』は、多種多様なデータや逸話を未整理なまま寄せ集めているように見えるのだ。

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