コロナウイルス時代にデフォー『ペストの記憶』が教えてくれること

「事実を求めるための感性」の磨き方
武田 将明 プロフィール

こうした極限状況のなか、外出を制限された人びとのあいだで静かに流行っているのが読書である。公表された数字を見る限り、日本よりはるかに深刻な状況にあるイギリスでは3月23日に罰則を伴う外出制限が発表されたが、その二日後の3月25日付の英紙『ガーディアン』によると、イギリスにおけるペーパーバック版フィクションの売り上げが、前週比で35%の伸びを示したという。

世界中で、読み通すのに時間を要する長篇小説に挑戦する人が増えており、アメリカの人気作家であるスティーヴン・キングも、これを機にジェイムズ・ジョイスの前衛的作品『ユリシーズ』(1922年)をついに読んだことをツイッターで報告した。

また、やはりアメリカ在住の中国系英語作家イーユン・リーは、レフ・トルストイの大長篇『戦争と平和』(1869年)のヴァーチャル読書会を開いている。他方、ノンフィクションの売り上げは13%下落し、「読者は[外出制限中の]慰めを架空の世界に求めている」と同記事はまとめている。

 

カミュとデフォー

もっとも、いま人びとがフィクションを手に取る理由のすべてが、鬱屈とした現実からの逃避だと見なすのは誤っているだろう。例えば、日本をはじめとする各国で、アルベール・カミュの『ペスト』(1947年)がベストセラーとなっている。もしも人びとがコロナウイルスの流行から目を逸らしたいのであれば、感染症を主題とする本書をあえて手に取ることはないはずだ。しかし同時に、現実と物語との表面的な類似だけでは、『ペスト』がこれほど読まれることはなかっただろう。疫病感染を扱った作品は、ほかにも多数あるからだ。

ここで注目したいのが、カミュの『ペスト』の冒頭に掲げられたエピグラフである。新潮文庫(宮崎嶺雄訳)から引用すると

ある種の監禁状態を他のある種のそれによって表現することは、何であれ実際に存在するあるものを、存在しないあるものによって表現することと同じくらいに、理にかなったことである。 ダニエル・デフォー

「ダニエル・デフォー」とあるが、実はこの引用は『ペストの記憶』ではなく、デフォーの別の著作、『ロビンソン・クルーソーの敬虔な内省』(1720年)の序文から取られたものだ(ちなみにこの訳書には出典に関する注がない)。

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