金正恩が「本当に重篤」だった時に、韓国経済に起きること

金日成、金正日の時はどうだったか
高安 雄一 プロフィール

金正日総書記は2011年12月17日に死去したが、この事実は12月19日の月曜日の正午に公表された。12月19日のKOSPIと株式取引量の動きをみると、開始早々の9時1分のKOSPIは1829ポイントであった。そしてニュースが流れる直前は1788ポイントと若干値を下げる展開で推移し、取引量は100万株台前後であった。しかし12時1分50秒に急激に取引量が増えた。

そしてしばらく、取引量は1~2億株、KOSPIは下落傾向が続き、12時42分30秒にはKOSPIが1753ポイントにまで低下した。ただし下落率はニュースが入る直前と比較して2.0%の下落に過ぎなかった。その後、時間の経過とともに取引量やKOSPIも落ち着き、終値は1777ポイントと、ニュースが飛び込む直前の水準とあまり変わりがないところまで戻した。

金正日〔PHOTO〕Gettyimages
 

また為替レートも株価に近い動きを示した。12月19日の9時には1ドル1158ウォンで、ニュースが入る直前は1165ウォンと若干ウォン安になっていたが、ニュースが入るとともに1180ウォンにまでウォン安が進んだ。しかし、すぐウォン高に転じ、15時には1175ウォンにまで値を戻した。つまり死去が公表された日においては、ニュースが飛び込んだ直後に株価や為替レートは動揺したが、最終的には大きな影響を受けず、総じて落ち着いた動きを示していた。

そして少し長い時間で見ても、株価については2012年2月8日にKOSPIが2000ポイントを超えた後、2000ポイントを上回って推移するなど上昇傾向で推移した。また為替レートも金正日総書記が死去した後、ウォン高傾向で推移した。

このように金正日総書記の死去時には公表直後には株価や為替レートが動揺したが、その日のうちに動揺は収まり、以降は安定して推移した。そして実体経済の数字をみても影響を受けなかった(韓国ではウォン安が進むと交易条件の悪化により実体経済が悪化するので、行き過ぎたウォン安も経済にとってよくない)。

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