ペスト感染拡大とシルクロードの関係

増田 行き来できるからこそ、交易もあれば争いだって起こります。そして病気も行き来するわけですね。最近の研究では、中国からシルクロードを通ってペストがヨーロッパに運ばれたと考えられています

池上 当時のモンゴル帝国が、クリミアまで侵攻したときにペストをヨーロッパへ運んだという説がありますね。ヨーロッパでは14世紀にひどいペスト被害に遭ったため、集団墓地があちらこちらにできました。丁寧に一人ひとりの埋葬などとてもできませんから、穴を掘ってそこへ大勢の死体を放り込んで埋めたのです。それが近年、発見されて掘り起こされました。その遺体からペスト菌のDNAが発見され、それが中国のペスト菌のDNAと一致したんです。中国の雲南省からシルクロードを通ってヨーロッパへ来たであろうと言われています。

増田 この東西をつなぐ道があったからこそ、交流が広がり、いろいろな文化も行き来して、新しいものがつくられたりすることになるんです。 

池上 そうして交流が広がると、病気も行き来するわけですよね。 

すべてが中国由来かはわからない

増田 ヨーロッパでは何度もペストが流行しているんですけれど、それがすべて中国由来かどうかはまだわかっていません。 

池上 そうでした。 

増田  その前からペストという病気自体はあったのですが、最も古くて大きな厄災として記録されているのは、543年から750年にかけて繰り返し東ローマ帝国(ビザンツ帝国)を襲った黒死病、つまりペストの流行です。

543年は、『ローマ法大全』の編纂、ソフィア大聖堂の修復などを手掛けたことで教科書に登場するユスティニアヌス大帝の時代です。ユスティニアヌス自身も感染しましたが、重症化はしなくてすんだようです。ただ、このときの流行はひどくて、最悪の状況のときは、首都のコンスタンティノープルでは、一日で1万人も亡くなったといわれています。