勝ち負けに巻き込まれたら…

本人にはそのつもりがなくても、結婚したとたん、負け組ひな壇から勝ち組席へ移動、みたいな扱いを受ける芸能人の姿を、よく見てきた。もし自分なら、と考えるとため息が出る。自分の結婚が、他人をも巻き込んで、勝ち負けの2択に割り振られたら……。 

子どもがいなければ入籍する必要はないというのが、私の今の結婚観であるが、それ以前に出産をしてもなお、創作意欲や緊張感を持ち続けられるのかという畏れもある。

私は思春期が重めだったので、更年期も大変だろうなと覚悟している身だ。女性ホルモンに振り回されがちな私は、出産後の強い母性に抗い、ネタ作り、ひいてはパンツを人に見せるなどといった奇行をやり続けることができるのか? 人が変わったように穏やかな優しさの塊になってしまわないか? 

いや仮にそうなったとして、それでもいいはずである。むしろ、人間として自然な摂理なのだから。

じゃあ何故私は、変わってしまうことを畏れるのか

批判に屈する自分がコワい

女性の場合、結婚は第三者に与えるイメージにおいて、大きな意味を持つ。
人妻という言葉には、拘束力がある。子どもを預けて飲みに出ては叩かれ、家事をしないと叩かれ、ド派手で露出の高いファッションをすれば変人扱い。

そんな第三者の価値が内在化してしまわないかという不安がある。今まで私がしょうもない! と思っていた批判に屈してしまうのではないか。

大切な人のことを考えたら、それも致し方ないと流されてしまうんじゃないか? その結果、自分をなくしてしまうのではないか? 実際、白い目で見られるのが私一人であれば何も問題ないのだが、大切な人を守りたくて結んだ婚姻関係が、家族に窮屈な思いをさせる原因になっては本末転倒だ。

守るものができたとき、それが人質となって、最大の弱点が生まれる。

写真提供/バービー