「お笑いはクズでなければならない」

お笑いにおいては、芸人たるや、孤独にヤサグレてクズでなければ面白くなれない、と。クズであればあるほど、面白い。ギリギリ私たちの世代までは信じられていた通説だ。

先日、アイコスを吸うため、喫煙所に群れている芸人たちを見た時にふと思い出した。昔はよく火のついたタバコを投げられたもんだなあ、と。芸人と火のついた紙タバコは、最高で最悪の相性。芸人はなんでも遊び道具にする天才たちの集まりだが、火のついたタバコと私のような盾突く生意気なブスはかっこうのおもちゃになっていた。ツッコミと同じ意味でタバコを投げ、おい危ないだろ! までがワンセットの遊びだ。みんな、かっこいいクズになろうと必死だった。そのために身近な女は犠牲になっていったのだが、それはまた別の機会にお話しよう。

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かくいう私も、「芸人たるやかっこいいクズにならなくては」に引っ張られていたひとりである。今思うと、自分の欲望を正当化したり、背中を押す道具として「芸人」を使っていたのかもしれない。不健康に太り、際限なくタバコを吸い、毎晩人にお酒をおごって私にとっての大金を失った。男遊びというものもしたかったけれど、遊ぶほどモテなくて、いつも体当たりしてはズタボロになって帰るという身を削ったやり方で、これに関しては理想的なクズにはなれなかった。

とにもかくにも、それはもはや、はるか昔の話だ。
今の時代、クズをやれば本気で叩かれるか心配されるかのどちらかで、笑えない。
ひと昔まで憧れの存在だった「クズ」が、今やシンプルに悪となった。「クズの淘汰」が始まっている。

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