4カ月で歩行困難に

CT検査ができる病院で診てもらい、画像には問題が無かったために経過観察に入りましたが、どんどんと運動能力の低下が進み、6月半ばには階段の上り下りどころか平地を歩くのにも支障が出て5分も歩くと休まないではいられないようになりました、整形外科の病気ではないと推測されて「神経内科」を受診することになりました。すでにこの頃にはしゃがんだ状態から立ち上がることができなくなっていました。 

この神経内科の先生との出会いが「ALSの比較的早い診断」に結びついていきます、先生が所属する大きな病院の「神経内科」の「針筋電図検査」のエキスパートのドクターと巡り会えたのです。

最初の診たては「重症筋無力症」でした。この病気も難病指定されています。ただ、はっきりわからないため、神経内科での1ヵ月の経過観察と診断で「2週間から4週間の検査入院」を薦められました。身体もこの頃には悲鳴をあげ、自力歩行が困難になって杖が無ければ歩けない状態にまで進行していました。

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針筋電図検査や右太ももより筋肉組織を採取しての検査、そして可能な限りの血液検査をして病名を探っていきました。なかなか正体が分からず、「名無しの権兵衛病」とその頃のブログに書き綴っています。3週間目からは「治療検査」になりました、治療してみて結果が伴わなかったら、その治療法に適合する病気では無いという判断で、「病気を見つける」という他に「この病気であるという可能性を消していく」という検査方法です。 

「重症筋無力症」には「免疫グロブリン」を点滴で投与すると大きな効果があるとされています。しかし、5日間にわたる投与の結果は効果なし。その他にも様々な血液検査、筋生組織検査等の結果は全て「陰性」でした。そして残ったのが「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」だったのです。 

2回目の「針筋電図検査」ではっきりと電極の反応が現れ、「ALS」であることが主治医より告知されました。

ここまでが私のALSに至るまでの経緯です。大変な病気にかかってしまったのですが、私自身は「名無しの権兵衛病」が「ALS」という病気であるとはっきり分かったことで、この時点ではスッキリとした気分でした。

そしてここからALSと私との生活が始まっていくのでした。

【津久井教生さん連載「ALSと生きる」次回は5月9日(土)公開予定です】

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