面白くなければ全部書き直し…時代を席巻する池井戸流「エンタメ小説の流儀」

JUN IKEIDO

池井戸 潤

2020.07.18 Sat

「半沢直樹」が7年ぶりにドラマ化され、注目が集まる原作者の池井戸潤さん。「半沢直樹」シリーズは講談社文庫で全てのラインナップが読めるようになり、さらに熱気は高まっている。インタビュー後編では、「半沢直樹」シリーズの未来、時代を席巻する池井戸流エンタメ小説の流儀や作家の矜持を余すところなく語る。

(文:現代ビジネス編集部、写真:草野庸子)

――『半沢直樹4 銀翼のイカロス』はドラマの後半部の原作ですが、新しい半沢像に挑戦しています。

この作品、「半沢直樹」シリーズにしては、設定を大きくしすぎたと思っています。国家も政治家もでてくるし、航空会社の経営改善計画も絡んでくるし、(半沢が所属する)東京中央銀行の秘密も盛り込んでいますしね。

――読者としては、より大きな「敵」に立ち向かう半沢を読むことができて嬉しい限りですが、物語のスケールを大きくしすぎると良くないのでしょうか?

『半沢直樹』は、読者にとってもっと身近なテーマが似合う小説だと思っています。会社で働く人たちが「ああ、こういう人いるよな」と共感しながら読める。そんな世界観であって欲しいと思います。

ありふれた街の支店で扱う小さな事件をテーマにした方が半沢の活躍が引き立つはずで、スケールを大きくしすぎるのは、ちょっと違う。それは、『銀翼のイカロス』を書いた後に、反省点として残ったことです。

今度「半沢直樹」の続編を書くのなら、もっと半沢たちが生き生きと活躍できる、日常の場を舞台にしたいですね。

――『銀翼のイカロス』は悪役として国家や政治家が配置されています。政治に対する池井戸さんの思いが少しにじみ出ているのかな、と思って読みました。

僕は投票に行きますし、与野党問わず、政治家に対して何か思うところもあります。小説で何かを訴えたいということは特にありませんが、政治や政治家に対するちょっとした不信感は、小説の中に出ているかもしれないですね。

――先ほど、『銀翼のイカロス』を書いてみてわかったことがあるというお話がありました。書いてみないとわからないことがあるんですね。

その小説がどんな小説なのか、書き上げてみないとわからないことがあります。書きながらキャラクターが出来上がっていき、セリフも生まれてくる。そうすると、最初に自分が思い描いていたストーリーからどんどん外れ、予想していなかったような展開に引きずられることもあります。

書きながら「この後どうなっていくのかな」とハラハラすることもありますし、もちろん「ダメだ、面白くない」と放り出したくなることもありますが。

後者の場合は、最初から全部書き直したりします。昨年出した『ノーサイド・ゲーム』がそうでした。ドラマ化が決まっていて、撮影のスタート時期が迫っているのに、一度書き上げた原稿をボツにしました。そうせざるを得なかったんです。気に入らないものを出すわけにいきませんから。納得するまで全部書き直しました。

――それは池井戸さんにとっても一つの挑戦でしたね。ドラマのスタッフを含めて、作品が出来上がるまで、周囲はヒヤヒヤしたでしょうね。

作家として、自分が「面白くない」と思う小説を世の中に出す方がはるかに問題です。やっぱり、面白くないものは面白くない。エンターテインメントの世界は厳しいんです。

ただ面白くない理由は一様ではありません。最後まで書いてあって辻褄も合っているけれども何か違うということもある。感覚的なものですけど、きっと読者だって違和感を得るでしょう。そういう小説を書き直すのは、作家にとってひとつの見識だと思っています。お金を払って読んでいただくわけですから。

――半沢直樹は、作品を重ねていくごとに成長したキャラクターです。舞台が大きくなっても果敢に挑戦しますし、部下もついてくるようになりました。

少し大人になった(笑)。半沢直樹はドラマをきっかけに人気が出て人びとに受け入れられた、いわば幸せなキャラクターです。でも、初期の半沢直樹は、もっとやんちゃで口は悪いし、やることもあくどいんですよ。これは書いていて面白かった。

読者が期待している半沢像からは外れるかも知れませんが、今度の新作では初期の半沢をもう一度書いてみたいです。

――これだけの人気シリーズになれば、読者の期待と書きたいものがずれるということはありますよね。

読者が期待していることがわかっても、そのまま書いたんじゃおもしろくないですね。

作家はクリエーターなんですから、新しいチャレンジが欲しい。「オレはこういうストーリーも面白いと思うけど、どうですか」、という提案といったらいいでしょうか。

独りよがりな提案は読者から退けられてしまうでしょうが、何か書く以上は、何か自分にとって新味が欲しいと思っています。それが読者に受け入れられるかどうかは、実際に上梓してみないとわかりませんが。

――「半沢」シリーズでは、その「新味」と「期待」はどのくらいのバランスになっているのでしょうか。

料理のようにきっちり計算して書くわけではありませんが、「半沢」シリーズには固定ファンがいるので、そのお約束は守った方がいいでしょう。「やられたら、倍返し」というセリフとか。半沢と渡真利の友情も鉄板。でもそれ以外は、好きに書く。それぐらいアグレッシブで丁度いいと思います。

――『ロスジェネの逆襲』と『銀翼のイカロス』が、ドラマ化を機に改めて文庫化されました。納得度で違いはありますか。

ロスジェネ』の出来にはほぼ納得しています。さっきもいった通り、『銀翼』は話を大きくしすぎた。ただ、スケールの大きい舞台で活躍する半沢を喜んでくださった読者がいたでしょうし、なんともいえません。

――どんな読者に手にとってもらいたいですか?

特に若い人たちに手にとって欲しいです。いままでの読者層は、30〜50代が中心ですが、できれば10〜20代にまで手にとってもらえたらいいですね。

それと、女性読者の割合も増えて欲しいと思っています。いまは男性6:女性4という割合ですが、半々ぐらいを目指してる。そのために、実は随分前から、とくに働く女性が読んだときに違和感がないよう、女性のセリフを工夫したりしてきました。

――小説世界と現実とをリアルに結び付けようと考えていますか?

小説は現実の鏡だといわれることもありますが、それほど意識したことはありません。ただ、書けば自然に世相が反映されるものじゃないかと思います。

いま働き方改革がこれほど叫ばれている世の中ですが、たとえば会社のシーンで、「時計の針が夜中の12時を過ぎた」といった表現はやっぱり気が引ける。編集者が読んで、時代性からかけ離れた描写があれば指摘して欲しいと頼んでいます。

――細部へのこだわりとダイナミックな挑戦が半沢シリーズを支えているのだと改めて思いました。

自分の書きたいものだけ書くという小説なら、読者への細かな配慮はなくていいでしょう。ですが、これはエンターテインメントであり、同時に読者の方に買っていただく商品でもあります。少しでも多くの読者の支持を得たいなら、少しでも楽しんでいただけるよう、持てる力を振り絞って努力するのは当然のことだと思います。妥協することなく、一作ずつ丁寧に書き続けていこうと思っています。

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池井戸 潤(いけいど じゅん)

1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。’98年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。2010年『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞、2011年『下町ロケット』で直木賞を受賞。主な著書に「半沢直樹」シリーズ、「下町ロケット」シリーズ、「花咲舞」シリーズ、『空飛ぶタイヤ』『ルーズヴェルト・ゲーム』『七つの会議』『陸王』『民王』『アキラとあきら』『ノーサイド・ゲーム』などがある。WOWOW・連続ドラマW『鉄の骨』(毎週土曜夜10時〜)も好評放送中。